信濃国三ノ宮、神秘の沙田神社。
式内 沙田神社の特徴
信州三ノ宮として知られる歴史ある古社です。
幻想的な霧に包まれた神秘的な訪問体験です。
全国的に珍しい祭神を祀る魅力的な神社です。
沙田(いさごだ)神社。専用駐車場がないので適当に停めました。参道が雰囲気あります。神楽殿や摂末社などがありなかなか立派な神社でした。
24/08/14に参拝に上がりました。神社の専用駐車場は無いと思います。正しいかどうか分かりませんが私は神社の隣にある島立中央保育園と松本市島立体育館の間にある駐車場に停めさせていただきました。それか松本市役所島立出張所の駐車場に停めても大丈夫だと思います。トイレは神社境内隣に島立公衆便所があります。駐車場から鳥居、参道までは少し歩かなければなりません。
知られざる すごいパワースポットだと思います。とても立派な長い参道、太くて高い木、緑も多くて 氏子さんが綺麗にしてくださってあり、いつ行っても気持ちが癒されます。氣の良い神社です。駐車場は 短時間であれば社務所前や、西側の島立地区の出張所駐車場に停められます。一ノ鳥居側の方に駐車場があったらいいのにな とは思います。
体育館側から西参道がある。
信州三ノ宮とも称される神社です。主神は彦火火見尊、右相殿に豊玉姫命、左相殿に沙土煮命を祀ります。社伝によれば、大化五年(649年)国司が孝徳天皇の勅命により勧請したと伝えられています。大同年間(806年~810年)、坂上田村麿による有明山の妖賊退治の際に、本社の神力によるものとして社殿を造営したとのことです。一説に、当社の西11.25kmにある鷺沢嶽(松本市波田町鷺沢)に鎮座していたといい、奥社が存在しています。その山には、斎殿石という大岩があるといいます。毎年の例祭には、この山の萱を刈り取って仮殿を築き、萱穂・柳葉66本を、六十余州に見立て、御手祀として邪神を鎮め平らげる神事が行われます。社殿の左には、御子安神社などの境内社が並び、境内に右手、覆屋の中にも境内社があります。周囲の神社が合祀されたと考えられます。主祭神は海神系と天津神系ですが、御柱を建てる諏方神社系の祭祀も行なっています。
御朱印は「岩崎神社」(松本市新村2289)で いただけました。岩崎神社社務所の戸に9時~15時迄、御朱印をいただける旨の貼紙がしてありました。沙田神社の境内にも そのような案内があると、スムーズにいただけるのでは、と思いました。
訪れたときは霧があり幻想的でした🎵
「沙田神社」は式内社に名を連ねた古社で、「信濃國の三ノ宮」と言う格式を持っています。神域もかなり広く一の鳥居からも長い参道が続いていますが、観光向けの神社では無さそうです。そもそも外から訪問する為の駐車場🅿️が無いです。社殿も立派なのですが、境内には雑草が目立ちます。(無人の為、コロナ下で充分に氏子が対応出来ないと言う時期の影響もあると思いますが……)一番の特筆すべきは諏訪大社と同じ「御柱」がある事です。一から四の御柱が東西南北に均等に立てられています。平地である当地に何故に御柱行事があるのか不明ですが、近隣の旧波田村から立派な木を入手しているとの事でした。社殿前に立派な神楽殿もあり、珍しい配置だと思いました。今でもコチラで各種奉納行事が行われているらしい事は、さすがに三ノ宮格の神社だと感じました。
沙田神社いさごだじんじゃ長野県松本市島立三ノ宮3316祭神彦火火見尊豊玉姫命沙土煮命式内社(小)信濃国三宮沙土煮命が祭神になっており全国的にも珍しい神社です梓川の水霊を祀ることに始まったと言われております。
| 名前 |
式内 沙田神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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沙田神社(いさごだじんじゃ)。長野県松本市島立三ノ宮。式内社(小)、伝信濃国三宮。旧県社。主祭神:彦火火見尊 (ひこほほでみのみこと)豊玉姫命 (とよたまひめのみこと)沙土煮命 (すいじにのみこと)以上の3神は海神系と天津神系と見られているが、当社は御柱を建てる諏方神社系の祭祀も行なっている(穂高系の神を祀りながら、諏訪系の御柱の行事がある)。資料によると、社伝によると、古くは筑摩郡鷺沢嶽(現・松本市波田鷺沢)に鎮座していたという。そして大化5年(649年)6月28日、信濃国司が勅命を奉じ初めて勧請して創祀した。その後、大同年間(806年-810年)に坂上田村麻呂が有明山の妖賊討伐にあたって、本社の神力が効したとして国司と共に社殿を造営したと伝える。以上の伝承から、当社は波田から流れ出る梓川の水霊を祀ることに始まったと見られ、鷺沢の旧跡地と伝わる地には当社の奥社が立っている。また、現在の本社は梓川の水を引き入れた古代条里的遺構の上にあり、当地開発当初からの古社であるとも推定されている。境内からは土器・石器のほか、古墳時代の鉄鍬、中世・近世の薙鎌が出土し、神宝とされている。また、当社は信濃国三宮と見られ古くから「三の宮」と呼ばれていたという。現在も地元には「産の宮」の呼称があり、安産の神としても崇められている。なお、安曇野市の穂高神社も三宮とされている。とあります。