高津町一番丁で歴史を感じる。
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| 名前 |
旧町名継承碑 『高津町一番丁』 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.5 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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旧町名継承碑、『高津町一番丁』。明治初頭ごろまで、西成郡西高津村高津宮鳥居内であったが、明治6年に南大組の高津町一番丁に編入された。明治22年の市制施行に伴って大阪市南区に編入。昭和18年に市道九条高津第1号線北側以南が、天王寺区高津町一番丁となった。昭和56年に実施された住居表示で、高津町一番丁は生玉町の一部となった。町名の由来として、「日本書紀」などに見られる「高津宮」から名を採ったと考えられている、とのことである。この碑は、府道102号線(松屋町筋)下寺町交差点に架かる歩道橋の南東階段を降りた付近にあり、近くには生國魂神社の北参道に至る鳥居もある。