古川町の歴史を感じる!
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| 名前 |
旧町名継承碑 『古川町』 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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旧町名継承碑、古川町。大阪市営バス、いや今は大阪シティバスって言うのか。ぼやきを入れるが、シティバスも大阪市営バスも、日本語以外の言語で表示したら殆ど一緒だろう。で、この継承碑。大阪シティバスのバス停「本田3丁目」付近に建てられている。昭和52年の住居表示の変更まで存続した町名であり、現在は、川口三~四丁目の一部となっている。明治初頭、大坂三郷天満組の古川一~二丁目であったが、明治5年に古川町の一部となった。ここにいう古川町は、明治6年11月以降の古川町を指す。明治22年4月の市制施行に伴って大阪市北区に編入された。その後、大正14年の行政区画変更に伴って港区に編入され、さらに昭和18年の行政区画変更で西区古川町となった。町名の由来は、貞享元年(1684年)に九条島を開削して新川(安治川)を開通させた際、旧河道を新川に対して「古川」と呼び、それに沿った町域であったことによる。