旧町名継承碑のある左官町で。
| 名前 |
旧町名継承碑 『左官町』 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒540-0004 大阪府大阪市中央区森ノ宮中央2丁目10−4 |
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旧町名継承碑、左官町。現在の、玉造二丁目・森ノ宮中央二丁目の一部にあたります。越中公園の、北東角のグランドへの入口向かって右側に、この碑は建っています。明治初頭は、大坂三郷南組の左官町全域と栢木(かしわぎ)町の一部と、北組の拐屋(かいや?)町の一部、及び西成郡吉衛門肝煎地の一部でした。明治5年に吉衛門肝煎地以外の町を束ねて左官町になり、明治30年に大阪市東区玉造大字西玉造字左官町および清堀の各一部となり、明治33年に字左官町と清堀の一部が左官町になりました(くっつけられたり離されたりで、少しややこしいですね)。以来、昭和54年の住居表示の実施まで、この町名が存続しました。町名由来については、伏見町人が移住した町で、その人たちの元の居住地町名に由来したという説と、御公儀御用達の左官屋さんの居住地があったことに由来したという説の2説があるそうです。