戦国の息吹、鮎澤の魅力。
鮎澤諏訪社の特徴
鮎澤諏訪社は長野県岡谷市の文化遺産です。
1580年代に誕生した鮎澤村の中心に位置しています。
鮎澤諏訪社は戦国時代に由来する歴史ある神社です。
鮎澤(あいさわ)諏訪社。祭神は、建御名方命・八坂刀売命。諏訪郡旧蹟年代記によると、神社創設は安永年頃(1772年~)とのこと。石祠を含め石神・石仏が数多くある。対で配置されている石灯籠の中に竿部に「飯綱・天白両社廣前」と「荒神宮廣前」とあり、どちらも明和八年(1771年)とあるから、鮎澤諏訪社の創立前に存在していたそれぞれの社殿の前にあった石灯籠(御神塔)ということだろうか。
鮎澤(あいさわ)諏訪社。祭神は、建御名方命・八坂刀売命。諏訪郡旧蹟年代記によると、神社創設は安永年頃(1772年~)とのこと。石祠を含め石神・石仏が数多くある。対で配置されている石灯籠の中に竿部に「飯綱・天白両社廣前」と「荒神宮廣前」とあり、どちらも明和八年(1771年)とあるから、鮎澤諏訪社の創立前に存在していたそれぞれの社殿の前にあった石灯籠(御神塔)ということだろうか。
| 名前 |
鮎澤諏訪社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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鮎澤村は戦国時代末期の1580年代までに駒澤村から24軒の家が分家して誕生した。独自の神社を持たず約200年間にわたり親村である駒澤村の神社を共同で祀り維持費を負担し続けていたが、人口や財力を蓄えたことで完全独立を目指すようになり、明和元年(1764年)の神社独立計画挫折を経て、安永年間(1772〜1780年)にようやく自前の産土神を分祀する許可を得て「鮎澤諏訪社」を建立した。その境内地は、当時の開墾状況から田畑や住宅地を避けた山際の細長い傾斜地となっていたが、同時に天竜川の洪水から御神体を守る安全な高台に位置している。明治期には最初の小さな社殿を包み込むように現在の拝殿が造営された。境内には村内から集められた石祠や、謎の残る尹良親王の石碑二基も並んでいる。かつて諏訪大社上社の氏子として奉仕した川岸の開拓と集落自立の歴史を今に伝えている神社である。『岡谷市史』『川岸村誌(川岸区誌・駒沢区誌)』『諏訪郡諸村並旧蹟年代記』より。