四條畷神社の紀功碑へ行こう!
スポンサードリンク
スポンサードリンク
スポンサードリンク
| 名前 |
大橋房太郎公 紀功碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
スポンサードリンク
周辺のオススメ
スポンサードリンク
スポンサードリンク
四條畷神社境内に、とある人物の紀功碑があります。大橋房太郎という人です。この人は氾濫を繰り返す淀川を、一生涯かけて、今の静かな恵みの淀川に変えた人です。淀川は1000年ほどの間に約134回、大洪水を起こし、中でも明治18年の洪水は甚大で、流域と大阪市街地に莫大な被害を及ぼしました。堤防の決壊は224箇所、淀川左岸は放出方面を越えて水没しました。堤を切って、一時的な処置をし、何とか水位も下がったかに見えた矢先、1週間ほど後に台風が接近、更に大雨が降って、その前以上の水位上昇となり、結局は手の付けられない状態で、大阪市街地にも被害が及びました。大橋氏は、この悲惨な光景を目にし、淀川の根本改修に立ち上がります。大橋公は、私財までも抛ち、淀川の改修に、一生涯をかけて取り組みます。私たちの生活の平和と恩恵は、こういう先人の努力と遺産に支えられていることを忘れてはいけないと思います。大橋公は、南北朝時代に楠木公と共に行動した子孫で、そのご縁でこちらにもその遺徳を伝えるための紀功碑が建てられました。楠公だけではなく、是非とも、大橋公の業績を知り、伝え、いつまでも感謝する気持ちを忘れではいけないと思います。それから、個人的にいつも気になります。この碑の前が駐車場になっているのですが、せめて、その場所を再興し、もう少し敬うような環境作りを行えたらと感じています。【関連遺跡】明治18年の大阪大洪水の時、大川沿いの堤を人的に切り、大阪の中心部と外国人街を守るために行った「わざと切り」の場所に水防碑が建てられています。藤田邸公園跡にあります。桜のキレイな公園です。是非、訪ねてみて下さい。