室津の歴史を感じる、城主の足跡。
| 名前 |
大江島の地蔵 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
5.0 |
| 住所 |
〒671-1231 兵庫県姫路市網干区大江島603 603番地 |
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1556年、梶山城(揖保川の西岸、王子橋より北西に約1.2kmの山城)の城主であった肥塚祐忠は、室山城主浦上政宗の招きで室津に向かった。ところがその留守を盾岩城主廣岡五郎に襲撃され梶山城は落城、祐忠の妻や弟などは討死にし、敵勢に囲まれた祐忠は御津町の圓融寺で自害した。しかし祐忠の妻の機転で城を逃れた子どもたちは生き延び、そのうちの末子祐行は当時6歳であったが、乳母とともに英賀保に逃れ、その後大江島に住み着いて肥塚家初代となり、やがて肥塚家は江戸時代には庄屋となった。この地蔵は、肥塚祐忠ほか肥塚家一族の霊を弔うため、文化13年(1816年)に肥塚栄心尼によって建てられた。