慶長14年創建、金運祈願の神社。
木崎神社社務所の特徴
慶長14年に建立され、金輸送の安全を祈願している神社です。
木崎神社では鼓童が主催する太鼓の祭典が開催されています。
多くの外国人が訪れるフリンジイベントの会場としても利用されています。
2024年11月3日早朝に参拝しました。船魂(ふなたま)さんと呼ばれてきた神社が、もともとなようです。記録から文禄2年1593年には、鎮座していたことが判明していますが、正確な建立時期は不明とのことでした。佐渡奉行を務めた大久保石見守長安が、慶長14年1609年に金銀輸送の航海の安全を願って勧進しました。長安は、東海道・中山道・東山道等に一里塚を敷設する仕事にも携わっていたと聞きます。流通について詳しかったのだと思います。また、甲州流採鉱法に南蛮吹の技術を導入して、佐渡金山の大増産に成功した人物です。死後、不正蓄財の罪に問われ、子孫が死罪となり、私財も没収されたといいます。70万両が保管されていたと噂されたようです。真偽の程は、分かりません。現在の本殿は、元禄8年1695年に荻原近江守重秀が、焼失した本殿を再建したもので、県の指定文化財です。彼は、佐渡奉行時代に排水溝を掘削し、南沢疎水坑を元禄9年1696年に完成させ、佐渡金山を再生させました。その後、幕府の勘定奉行となり、貨幣改鋳を断行して財政難の幕府を救いました。しかし、改鋳に反対した新井白石と対立して幕閣から外されます。相川街道を通って金銀が運び込まれ、船待ちのための集積地であった小木港は、昔から重要な港でした。この神社の灯明が、灯台の役割を果たしていたのかもしなれないと思いました。
慶長14(1609)年、佐渡奉行・大久保石見守長安が佐渡金山の繁栄と、幕府上納の金輸送の安全を祈願して建立し、相川から運ばれた金の保管庫として使われました。現在の本殿は火災焼失後の元禄8(1695)年に再建されたもので、県指定の文化財です。「佐渡市小木町まちなみ探索地図」より。
慶長14(1609)年、佐渡奉行・大久保石見守長安が佐渡金山の繁栄と、幕府上納の金輸送の安全を祈願して建立し、相川から運ばれた金の保管庫として使われました。現在の本殿は火災焼失後の元禄8(1695)年に再建されたもので、県指定の文化財です。「佐渡市小木町まちなみ探索地図」より。
ご祭神:木花開夜比売配祀:天津彦瓊瓊杵命(ニニギ),彦火火出見尊(ホオリ),火闌降命(ホノスソリ),火明命(ホノアカリ)合殿:市杵島比売命,湍津姫神(タギツヒメ),田心姫神(タゴリヒメ),底筒男命,中筒男命,表筒男命,倉稲魂命境外社:船玉神社(猿田彦命),道祖神(猿田彦命)由緒:一説には天平年間(729年~49年)の創祀だと伝えられているが,現在のように整備されたのは佐渡奉行大久保石見守長安が佐渡金山の繁栄と金輸送の安全を計って社殿を建立した時からで,慶長14年(1609年)に創建された本殿の棟札が現存する。現在の本殿は火災焼失後の再建で,元禄8年(1695年)7月24日奉中興の棟札がある。
鼓童が主催し、外国人も多く来島する島内随一の太鼓の祭典:アースセレブレーションの無料フリンジの会場。
小木にある神社の木崎神社。趣のある神社。静かな佇まい。
1609年に佐渡奉行、大久保長安が金銀山の繁栄を祈って建立した神社です。というのもこの小木湊は、金銀輸送の中継地として非常に重要な場所でした。佐渡で産出した金銀は一度ここ木崎神社に集められてから、天気の良い日(殿様日和と呼ばれた)に対岸出雲崎へと運び出されました。もちろん厳重な警備が敷かれており、毎晩町の問屋衆が寝ずの番をしていたと伝わります。拝殿の中には江戸時代後期から明治時代にかけての船絵馬が多く残されています。金銀山が衰えた後も小木湊は北前船の寄港地として繁栄し、木崎神社は船乗りたちの拠り所となっていました。現在でも小木の町の氏神として崇められており、毎年8月末に行われる祭りでは、神輿や数々の芸能が奉納されます。This shrine was built in 1609 by Nagayasu Okubo, a magistrate on Sado Island, to pray for the prosperity of the gold and silver mines. The Ogi Minato was an extremely important relay point for the transport of gold and silver. Gold and silver produced on Sado Island were once collected here at the Kisaki Shrine, and then transported to Izumozaki on the opposite shore on a good day (called "Tonosama day"). Of course, the shrine was heavily guarded, and it is said that wholesale dealers from the town kept vigil over the shrine every night.Many boat ema (votive picture tablet) paintings from the late Edo period to the Meiji period remain in the hall of worship. Even after the gold and silver mines declined, Ogi Minato prospered as a port of call for Kitamae-boats, and Kisaki Shrine became a place of support for sailors.The shrine is still revered as the guardian deity of the town of Ogi, and at the annual festival held at the end of August, a portable shrine and numerous performing arts are dedicated to the shrine.
10年前に行った時の写真を今整理していますので、現在はよく分かりませんが掲載してみます。台風の後でフェーン現象で相当暑かった記憶があります。向拝水引虹梁は龍と波、中添は唐獅子と波、海老虹梁は波と鯉。社額下の虹梁は波と亀。この頃はカメラに興味が無く、スマホも無くポケットに入るコンデジでしたので画像がよくありません。
| 名前 |
木崎神社社務所 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0259-86-3575 |
| HP |
https://www.city.sado.niigata.jp/z_ot/cultural_property/property_c/0100/0102-06.shtml |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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木花開夜比売を御祭神とする神社。創建は700年代中期と云われている。現在のような神社として整備されたのは江戸時代に入った1609年から。代官の大久保長安が佐渡金山の繁栄を祈願して本殿を造営している。御利益は金運上昇や海上安全。港町の一角にある境内はそれほど広くはない。過去には採掘した金銀を拝殿に保管し小木から船で輸送していたそうで一般的な神社とは異なるかなり重要な場所だったようです。厳重に見張られていたようだが一度だけ金銀の盗難歴があり、1500両およそ2億円相当が盗み出されている。最終的に磯やトイレから見つかったので被害は少なかったらしい。大久保長安の建てた本殿は火災により焼失。建物は1695年に再建され現在に至る。明治時代に改築はされているものの老朽化は否めない。全体的に造りは良い。無人神社で荒れた雰囲気ではないが少し雑草は伸びていた。祭礼も行われているので定期的な手入れはされていると思います。駐車スペースあり。道路は神社で行き止まりとなるため鳥居前に停めても大丈夫です。大きめの車両だとUターンしにくいのでバック進入がオススメ。トイレは見当たらなかった。