仙台藩の心の拠り所、鹽竈神社跡。
鹽竈神社跡の特徴
仙台藩の心の拠り所として建てられた跡地です。
近くには白老元陣屋資料館がありますので、併せて訪問を。
現在は祀られていない神社の跡が残されています。
白老陣屋を見下ろす高台に国元の鹽竈神社を勧請したというのが、伊達藩の苦難の一端を垣間見たような。跡とありますが、今でもしっかり神社として残っていますし、綺麗に整備されています。社殿は昭和29年に再建。
2025年1月11日仙台藩白老元陣屋資料館に立ち寄った後陣屋跡散策中の初訪問です。雪は降ってないけど、風が強くてめっちゃ寒い!積雪も無く地面はほぼ剥き出しだけど凍ってます。😱白老に元陣屋を築いて警護にあたった仙台藩士達は、陣屋を見下ろす東西の小高い丘陵上に国元から神社を勧請して守りとしました。東側の丘の上には「愛宕神社」を建立。西側には塩釜市に鎮座し、奥州一の宮として古くから海上守護、安産守護、武徳の神として広く信仰を集めていた「鹽竈神社」を建立したとのことです。
(以下原文)塩竈神社跡(Sacred ground of Shiogama jinja)白老に元陣屋を築いて警備にあたった仙台藩士達は、陣屋を見下ろす東西の小高い丘陵上に国元から神社を勧請して守りとしていました。東の丘の上に愛宕神社を、そしてこの丘の上には塩釜市に鎮座し、奥州一の宮として古くから海上守護、安産守護、武徳の神として広く信仰を集めていた塩竈神社を建立しました。安政3(1856)年、元陣屋築造と同時に建立され、国元に準じて祭典が取り行われるなど、遠く故郷を離れた藩士たちをなぐさめるとともに蝦夷地警備の無事が祈られました。陣屋撤退後も地元住民の手によって守り継がれています。現在の社は、昭和29年台風のため倒れた赤松を用いて改築されたもので、これは仙台藩士が元陣屋築造時に仙台から運んできた苗木が大きく育ったものでした。白老町(原文終わり)The Sendai clansmen who built the former camp in Shiraoi and guarded it had a shrine from Kunimoto on the small hills to the east and west overlooking the camp for protection.Atago Shrine was built on the hill to the east, and Shiogama Shrine was built on top of west. Shiogama Shrine was the first shrine in Oshu and had long been widely worshipped as the god of maritime protection, safe childbirth and martial virtues.The shrine was erected in 1856, at the same time as the construction of the former camp, and a festival was held in accordance with the national headquarters to comfort the feudal warriors who had left their homes far away and to pray for their safety in guarding the Ezochi region.The shrine has been protected by local residents since the withdrawal of the camp. The present shrine was reconstructed in 1954 from a red pine tree that had fallen due to a typhoon, which had grown from a sapling brought from Sendai by a Sendai clan member when the former camp was built.
2022/2鹽竈神社跡。
仙台藩の方々が心の拠り所として建てられた神社の跡です。同名の神社が宮城県塩釜市にあります。現在でも地元住民によって守り継がれており、社殿は仙台藩の方々が植えた木を使っているらしいです。
仙台藩白老元陣屋資料館が近くにあります。神社跡地ですがきちんと残されています。階段を登る際は気をつけてください。
鹽竈神社(しおがまじんじゃ)があった跡で、現在はここには祀られていません。安政3年4月、仙台藩白老元陣屋建設と同時に郷里の鹽竈神社と愛宕神社を、陣屋を挟む丘陵上にそれぞれ国元から勧請(かんじょう)し、ここには宮城県鹽竈神社より分霊した塩竃大神(しおがまのおおかみ)を祀っていました。明治8年5月、沙流郡佐瑠太村に遷座、大神宮社(富川神社)として翌9年6月15日には村社になっています。神社の麓に残る灯篭は、氏家厚時(秀之進)が万延元年(1860)に家臣との連名で奉納したものです。氏家厚時(秀之進)(文化14年生(1817)~明治33年没(1900)):三好監物と共に陣屋建設の地を調査し、初代御備頭として陣屋建設を指揮し、第3代、第5代と御備頭を歴任した。明治11年仙台市に創業の第七十七国立銀行初代頭取に就任した。
何もありませんが仙台藩白老元陣屋資料館とセットでどうぞ。
| 名前 |
鹽竈神社跡 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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