迫力あるSLと政宗公の丘。
岩出山城跡(城山公園)の特徴
小高い丘の上に位置し、急勾配を登ると広場へ到達します。
駐車場やトイレも完備され、アクセスも便利です。
伊達政宗ゆかりの地として歴史的な魅力が満載です。
47号線沿いにあります。仙台へ移る前の伊達政宗が居城としていた御城です。整備されていますが、山城なのでちょっと登ります。SL広場に駐車場とトイレがあります。真夏に行ったので、草木が伸びていましたが、「伊達政宗像」は堂々と鎮座しています。
配達の途中で桜まつり的イベントにSLがいつもより飾られて賑わう場面に出会いました。規模としてはおおきくありませんがSL保存の会が行っていたようで良い光景でした。仕事中なので長居はできませんでしたがこういうのは個人的に好きです。
伊達政宗といえば仙台青葉城、ですが実は仙台は関ヶ原後に移りそれまではこの岩出山城が伊達家本拠地だったようです。正直、仙台と比べるとかなり地味な城です。しかし、榊原康政が縄張りしたらしく戦国時代の城らしさ満載です。しかし、整備が荒くなかなか荒れてます。
豊臣秀吉による奥州仕置時に検地の為、徳川家康が一時滞在し改修。その後、伊達政宗が秀吉により米沢から岩出山へ移封され、仙台に移るまでの12年間、政宗の本城となる。しかし、豊臣秀吉による朝鮮出兵や関ヶ原の戦いなど、度重なる出陣により実際の在城期間は数ヶ月間だったとか⁉️政宗が仙台へ移った後は、岩出山伊達氏(政宗の四男宗泰が初代)の要害(一国一城令)として明治維新まで存続。城郭全体は石垣部分はほとんどなく、尾根状に整備された戦国期の山城そのもの。本丸への車道ルートは侵入口がわかりにくいけど、車で本丸付近まで登城できます。山麓の城址は、学校の敷地として利用されています。
R5.5駐車場、トイレ、政宗公、SLSLの状態は素山公園や西古川児童遊園のものと大差ないかもしれません錆びてても迫力があって好きです。
有備館側の駐車場から見ると、東側が断崖なのが分かります。城跡の麓から登り、段差を実感しました。城跡駐車場の曲輪から登るとすぐ本丸に至ります。南の虎口を通り、銅像のある曲輪に出ます。北側の物見台や南側の橋は、大雨で通行禁止でした。本丸西側の二の丸がぐるりとあり、北側の橋を渡って北西側に三の丸と思われる曲輪が広がっています。馬蹄型に曲輪が展開し、低い中央に舘跡で、いまは学校があります。一つ一つの曲輪は広く削平されており、居城に相応しい巨大な城跡になっていました。三の丸北側に土塁、堀切あり、徒歩コースがあり設定されているようでした。西側はヤブ化しており全容は掴めませんが、盛り上がっているのは見えました。
小高い丘の上、急勾配を登るとちょっとした広場。伊達政宗の彫像にならって、古川方面を眺望すろことができます。まあなにがあるではないけど、有備館からほどない距離にあり、内川沿いの散策などもしながらのんびり過ごせそうです。
2020年10月に訪問する。宮城県大崎市岩出山の城趾にて静態保存SLと城跡公園一緒に見学する。静態保存SLの状態は悪く周りには立ち入り防止の柵がありました。型式 C 58 114製造 昭和14年このSL広場の更に上の段に城趾広場が有り岩出山の町を眺めながら城跡を散策しました。参考:ウィキペディアより引用する。岩出山城(いわでやまじょう)は、陸奥国(のち陸前国)玉造郡(現・宮城県大崎市)にあった日本の城(一国一城令ののち要害)。伊達氏以前は「岩手沢城」と呼ばれており、古くは足利氏一門で奥州探題であった大崎氏の家臣氏家氏の居城であった。2021年4月8日桜とSLのコラボレーションを見学する。
| 名前 |
岩出山城跡(城山公園) |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.osaki.miyagi.jp/kanko/sizen/kouen/4294.html |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
|
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岩手山城跡になります。駐車場はかなり広く普段であれば停められないことはなさそう。行った時は寂しい感じでしたが、なにかイベントの時は賑わうのかな。