神田川と共に語る 蛇場美の歴史。
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| 名前 |
[神田川と古代遺跡] 説明板 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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下高井戸運動場の入口のそばに設置してある、神田川およひ近辺の遺跡に関する説明板です単に説明板があるだけですが地域の歴史を知るきっかけになる大切な場所ですこの説明板のある下高井戸運動場から向陽中学校にかけて遺跡が発掘され [蛇場美遺跡] と名付けられました「蛇場美」とは旧下高井戸村の字名で、古くこの辺り一帯は大雨等で神田川が氾濫する場所で「水の神=蛇に喰(ハ)まれる→蛇喰(ジャバ)み→蛇場美(ジャバミ)」と呼ばれる様になったと聞きます【神田川と古代遺跡】(説明板より)下高井戸運動場の北側を流れている神田川は、井の頭恩賜公園に湧く井の頭池を水源としていて、杉並区を東流し中野区で善福寺川と妙正寺川に合流し、中央区の両国橋付近で隅田川に注いでいます。区内での延長は約8キロメートルで、かつては久我山・上高井戸・下高井戸・永福寺・和泉・和田の旧6箇村を貫流していました。神田川流域は、昔から区内でも遺跡の宝庫として知られ、向ノ原遺跡、東原遺跡、高井戸東遺跡、下高井戸塚山遺跡、向方南遺跡、釜寺東遺跡など、旧石器時代から古墳時代に至る多くの遺跡が発見・報告されています。この運動場でも平成 2 (1990)年に発掘調査が実施され、旧石器時代から縄文時代および中世にかけての遺物が出土し、蛇場美遺跡の名前がつけられました。江戸時代に入ると神田川は、江戸市民に飲料水を供給するための水道水源として神田上水と呼ばれ、人々に親しまれていました。この神田上水は江戸期では最古の水道施設で、天正18(1590)年頃に小石川の目白台下に堰を築き、上水路を整備しました。なお上水としての利用は、明治34 (1901) 年まで継続しました。このように神田川は原始・古代から現在まで生活の場として、あるいは生活の手段として利用されてきました。令和6年3月 杉並区教育委員会。