小田原北条早雲の歴史を感じて。
旧船堀八幡神社陣屋地名由来の石碑の特徴
船堀八幡神社境内にある地名由来の石碑は必見です。
北条早雲が武蔵、下総に勢力を広げた歴史に触れられます。
戦国時代の名残を感じる貴重な史跡が楽しめます。
船堀八幡神社境内にあった地名由来の碑。陣屋橋通り沿いに。
| 名前 |
旧船堀八幡神社陣屋地名由来の石碑 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒134-0091 東京都江戸川区船堀7丁目7−10 KOJIYA |
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「戦国時代、小田原を本拠とする北条早雲は、武蔵、下総の両国にその勢力を延ばそうとしていた。天文6年(1537年)、その先兵として近田軍の一隊は、伊豆の河津より浜伝いにここ船堀の陣屋橋付近に上陸し陣を構えた。陣屋橋の名前の由来である。年明けて天文7年(1538年)、そして永禄7年(1564年)と、2回に亘り、国府台合戦で江戸川を遡って国府台にて下総の里見軍と戦い、これを撃破したという。が、天正18年(1590年)、秀吉が小田原で北条家を亡ぼした。この時近田軍も救援に行ったが間に合わず、再び船堀に引き上げた。北条家の滅亡は近田軍も解散のやむなきに至り、一部は故郷に帰郷し、多くは新田を開墾しこの地の住人となった。」という。