家族に受け継がれる神楽の場所。
櫛色天蘿箇彦命神社の特徴
久代町内にある石見神楽の観覧できる神社です。
参道前には3台ほど停められる駐車場があります。
小学生の思い出が詰まった神社と評判です。
毎年10月第3土曜日に奉納神楽を開催されてます。石見神楽の夜明け舞を朝まで観れて地元の屋台など美味しかったです。
祖母が赤ちゃんの頃から代々、家族でおまいりしている場所。私も幼い頃に蝉取りやトンボ取りによく来ました。昭和中期以降のアルバムを見返しても今の姿とほぼ同じのようです。境内は広く、昔懐かし、神秘的で、今の時代の喧騒を忘れて静かにお祈りできるような神社です。ずっと今の形のまま残っていてほしい。
切妻造妻入り 一間×一間 桁行二間 幣殿接続 土台建ち。
くしろあめのこけつひこのみこと神社。石見櫛色族の祖である神を祀る社とか。 当神は天足彦国押人命(六代孝安天皇の兄で、和邇氏の祖)の後裔で、櫛色族という集団は、瀬戸内から益田、浜田に来たもので、久代、久白が名残とか。 石見の海を支配したのではないか。 益田には命の奥様を祀る神社があるそうな。櫛色という姓を持つ方々がいらっしゃるのやら。
小学生時代にこの神社の東側の建物に石見神楽を観に行きました。とても古い神社ですがきっちり手入れされています。
くしいろあまのこけつひこのみこと神社駐車場は参道前に3台程度停められる。『石見年表』には、「大同二年(807)三月櫛色天蘿箇彦命神社ヲ遷」とある。祭神は、櫛色天蘿箇彦命。石見の海岸部を根拠地とした櫛色一族が、その祖を祀った神社らしい。櫛色天蘿箇彦命は、彦竟邪都命(比古意邪豆命)とも呼ばれ、天足彦国押人の後裔。
| 名前 |
櫛色天蘿箇彦命神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0855-28-0974 |
| HP |
http://www.jinja-net.jp/jinjacho-shimane/jsearch3shimane.php?jinjya=6473 |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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櫛色天蘿箇彦命神社(くしろあめのこけつひこのみことじんじゃ)。島根県浜田市久代町。式内社(小)、旧村社。【祭神】櫛色天蘿箇彦命 (配祀)大年神 御年神【関係氏族】櫛色氏資料によると、創祀年代は不詳。『石見年表』には、「大同二年(807)三月櫛色天蘿箇彦命神社ヲ遷」とある。祭神は、櫛色天蘿箇彦命。石見の海岸部を根拠地とした櫛色一族が、その祖を祀った神社らしい。櫛色天蘿箇彦命は、彦竟邪都命(比古意邪豆命)とも呼ばれ、天足彦国押人(あめたらしひこくにおしひと、第5代孝昭天皇皇子)の後裔。石見における櫛色族の分布状態を考えると、大和の春日を本貫とした天足彦国押人を祖神とする一族が、石見一帯の海岸部を根処地として発展し、繁榮したものと思われる。石見国式内社で、益田市にある櫛代賀姫神社との関連が指摘される。櫛代賀姫神社の伝承によれば、大浜大谷浦に、女島(姫島)・男島(彦島)・中身島という島があり、姫島と彦島で、両社の櫛代賀姫命と櫛色天蘿箇彦命が逢引きしたとも。ただし、境内の案内にあるように、彦竟邪都命住吉大神と書かれ、住吉大神と同神とする説もあるようだ。元は、久代字稲葉に鎮座していたが、大正七年、火災により全焼したため、大正十年、現在地に再建・遷座された。配祀の大年神・御年神は、久代字庵の上に鎮座していた、村社・大年神社を明治四十四年に合祀したもの。とあります。