静かな雰囲気が魅力の神社。
東三方神社の特徴
浜松市北区に位置する、静かな雰囲気の神社です。
【メガドンキホーテ三方原店】からすぐアクセス可能です。
落ち着いた境内で、心安らぐひとときを提供しています。
静かですね。
浜松市北区の【メガドンキホーテ三方原店】の近くにある神社。そもそもは【奥山半蔵坊】の遥拝するための聖地だったそうです。由来記が風雨で字が掠れてしまっておりますので確認したい方はお早めに。赤松鳥居とも言います。
| 名前 |
東三方神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
東三方町の産土神社ですが、神社としてのご由緒書きは設置されておらず、ご祭神は不明です。現在は神社境内地となっていますが、元々は幕末期に奥山半僧坊への参詣が流行した際、遙拝所として鳥居が建立された神仏混淆の聖地でした。当地に赤松の大木が有った事から、この辺りは「赤松」と言う地名で呼ばれていた為、鳥居は「赤松鳥居」、西進する奥山半僧坊への参詣道は「赤松道」とそれぞれ呼ばれました。明治15年(1882年)、鳥居のほとりに浄水盤・梵字石碑・道標が設置されます。しかし昭和16年(1941年)6月、太平洋戦争での攻撃目標となる事を恐れた軍部の命令で、赤松の大木は切り倒され、鳥居は撤去され、浄水盤・梵字石碑・道標は大日本帝国陸軍浜松陸軍飛行学校の敷地内に移設されました。この陸軍飛行学校は昭和30年(1955年)に現在の航空自衛隊浜松基地に姿を変えます。敗戦後の昭和23年(1948年)、地元住民の要望から鳥居が再建され、昭和39年(1964年)には神社が勧請されます。昭和53年(1978年)8月に現在の鳥居が建立され、同時期に航空自衛隊浜松基地から浄水盤・道標が返還移設されました。梵字石碑は所在不明のようです。浄水盤には背面に「明治十五年」の銘が見られます。道標には正面に「右 かなさし 者うだ 施主十人組 春再興西國三十三所觀卋音菩薩 左 きが 庄内 施主十人組 志連中」(※異体仮名註:者→は)と刻まれています。道標中央の「春再興」云々は、明治期の廃仏毀釈の後に起こった三十三所観音巡り再興の事を指しています。尚、金指・祝田方面と気賀・庄内方面の追分を示す道標が当地に設置されたのは奇妙に思われるかも知れませんが、明治時代当時、当地から北西に向かう道が存在しており、祝田で鳳来寺道(旧金指街道)へと繋がっていました。しかし赤松道の北側、軽便浜松鉄道(後の遠州鉄道奥山線、現在のもくれん通り)の東側の広大な地域に、昭和10年(1935年)から翌昭和11年(1936年)に掛けて、大日本帝国陸軍三方原爆撃場が整備された為に、当該の道はすべて消失してしまいました。