二宮神社で感じる小野政次の歴史。
二宮神社の特徴
二宮神社から井伊谷城跡への整備された登り道があります。
小野政次が祀られている神社です。
足切観音堂から少し入ったところにあります。
足切観音堂から山の中へ少し入って行くと二宮神社がある。こじんまりとした社であるが静寂で趣のある神社であった。尚、狛犬の台座の「井桁に橘」の紋が気になった。二宮とは多道間守[たじまもり]と宗良親王との御二柱を御祭神としているからである。往古は井伊郷の荘司三宅氏の始祖多道間守の尊靈を奉祀し三宅神社と称したが、宗良親王が元中2(1385)年に薨ぜられるや尊靈を合祀し、二宮神社と改称したとのことである。尚、本殿の右手に天王社がある。ここには小野政次を祭神として、その霊を慰める但馬神社が合祀されている。これは注目だ。《2023.2.2訪問》
2023年12月26日に参拝しました。御祭神は、多道間守(たじまもり)と宗良親王の二柱です。この神社の旧称は、三宅神社です。多道間守は、三宅氏の氏祖です。宗良親王は、後醍醐天皇の皇子です。暦応元年1338年に陸奥国府に向かう途中、遠州沖で船が座礁し、井伊谷の豪族井伊行直のもとに身を寄せました。興国元年・暦応3年1340年に足利方の高師泰・仁木義長に攻め込まれ、井伊谷城は落城します。宗良親王は、各地を転戦し、最終的には、大河原(現在の長野県大鹿村)に入って信濃宮と呼ばれるようになります。
R257井伊谷北信号から北へ少し行った西側にあります。西側へはいる道は細めで元は参道のようです。境内に天王社があります。
井伊谷城跡へは、南側からの道が登り易く開けた景色で整備されていますが、二宮神社からの登り道も整備されていて,木々の中を進むので趣きがあります。
小野政次にゆかりがある神社のようだ。掲示板にごちゃごちゃ貼られた大河ドラマや朝ドラに関係する写真が色褪せているのがらあはれである。
井伊家と宗良親王を合祀した神社。境内は広く荘厳な雰囲気。
普段は無人で、何もありません。もうすぐ、お祭りがあります🎵
静かで落ち着きます。
元は三宅氏の始祖田道間守を祀る式内社三宅神社。のち井伊谷で薨去された後醍醐天皇皇子宗良親王を合祀、二宮神社と称する。本殿隣の天王社には蟹淵で処刑された小野但馬守政次を祀る但馬神社を合祀。大河ドラマにならなければ案内板も立たず知られなかったのでは。
| 名前 |
二宮神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP |
http://www.shizuoka-jinjacho.or.jp/shokai/jinja.php?id=4415026 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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二宮神社(にのみやじんじゃ)。静岡県浜松市北区引佐町井伊谷。式内社(小)三宅神社(ミヤケノ)、旧村社。主祭神:多道間守命 宗良親王【関係氏族】三宅氏資料によると、創祀年代は不詳。往古は三宅神社と称していたらしく、式内社・三宅神社に比定されている神社。井伊郷を納めていた三宅氏が、その祖神である多道間守を祀った神社だという。後、醍醐天皇の皇子・宗良親王を合祀し、二柱の神を祀ることとなり、二宮神社と改称されたという。とあります。