大和郡山城、歴史の息吹を感じて。
郡山城跡の特徴
大和郡山城は、広々とした景色と圧巻の石垣が魅力的な史跡です。
復元された追手門や東隅櫓は、建物好きにはたまらないスポットです。
桜の時期にはお城祭りも開催され、特に絶景が楽しめます。
2026.6.中旬近鉄郡山駅東出口を出て線路沿いを北方向へ歩く。お城が見えてきたら線路を渡ると鉄御門跡です(この間約500m)。ここから入り左の道を行くと(右の道を行くと大手門へ至る···王道ルート)柳澤神社鳥居があり、ここからお城へ入ります。お参りした後、天主台へ。根石部分に逆さ地蔵があります。説明板には逆さに押し込められたお地蔵さんの写真がありますが、実際は暗くてよく見えません。フラッシュ撮影か、照明をつけて(天橋立)股のぞきをすれば拝めるかも?…合掌😅天守台は奈良盆地北部のほぼ中央にあり高い建物もなく全域が見渡せます。実際の天守閣はもっと高くて、当時(城主•豊臣秀長の時代)有力だった東大寺や興福寺もよく見えたものと思われます。極楽橋を渡り毘沙門曲輪を通り、常盤曲輪へ。旧奈良県立図書館は明治時代の歴史的建築物で風格があります。その先に大手東墨櫓があり、「秀長と郡山のあゆみ 展覧会」が見れます。大手門から出て鉄御門跡へ戻る。(私のルート:約1〜1.5km;と逆コースが王道ルートのようです)お城と線路を隔てた反対側に「豊臣兄弟!大和郡山 大河ドラマ館」があります(鉄御門跡から約300m)。適度に賑わっていて待たされることなく入場できました。フォトスポットでは里帆さんパネルの隣で記念写真を撮ってもらいました✌郡山駅へ戻りバスであじさい寺へ。
大河ドラマの豊臣兄弟でもお馴染みの弟・豊臣秀長が拡張した城…近世城郭の姿を今に伝える重要な史跡で、天守等の遺構はありませんが、天守台の発掘調査も行われ、また逆さ地蔵を代表する色々な石類の転用でも知られた石垣も有名です✨もともとこの地には戦国時代から城がありましたが、1580年代に豊臣秀長が入城して大規模に整備し、城下町とともに城郭都市として発展…大和郡山城は、秀長の居城として大きく整えられたお城です😊その後、江戸時代には柳沢氏が藩主となり、城と城下町は郡山藩の中心として続きました。明治維新後、多くの建物は失われましたが石垣や堀、曲輪の構造はしっかりと残っています✨️綺麗な城跡です😊
城横の無料駐車場に停めて見てきました。大河ドラマの影響で観光客が多いのか、駐車場では係りの方が誘導してくれたり、城趾の地図は勿論の事、町の観光地への地図も渡し説明してくれたのでとても助かりました。穏やかなお城で、天守にあるさかさ地蔵を見たり、景色を楽しんだりで、ゆったり過ごせました。カフェスペースもありましたが、この日はまだオープン前でした。
2026年5月GW初訪問。もはや城はありませんが城郭はしっかり残っており。ちょっとした展望台な感じですね。大和郡山城は、大河ドラマや豊臣兄弟にも出てくる歴史あるお城なので、日本史好きは一度訪れるべしですね。城門も立派ですし、郡山高校や旧県立図書館建物などが城郭の一角にあり、面白い場所です。
奈良県、大和郡山市にある郡山城跡です郡山城は天正8年筒井城の筒井順慶が、織田信長に郡山城を与えられ入城。天正13年(1585年)、豊臣秀吉の弟、秀長が入部し大和100万石にふさわしい城造りが始まります。春日大社の水谷川から大石を切り出し、寺院の礎石、五輪塔、石地蔵などの転用石が城の石垣に使われました…。大河ドラマの主人公豊臣秀長ゆかりの城という事で訪れました…城趾は整備されており、石垣や堀、櫓など見どころが沢山あります、特に石垣は多く残り壮大で多種多様な表情で見てて飽きません…。奈良県に来た際はオススメします。
筒井順慶により築城着手され豊臣秀長により本格的に整備された城跡明治維新後廃城になっているので上物は全て復元ですそんなに混むスポットではなかったはずですが、大河ドラマのおかげで団体客までやって来る激混み、隣接の駐車場は閉鎖です秀長なんて歴史の表舞台にほとんど登場しない陰キャだったのに…著名武将をかかえる自治体からしたら大河ドラマを誘致したくなる気持ちもわかりますなあ大河ドラマに合わせて観光整備したらしく、真新しい案内看板が豊富にあります落ち着いて見学したければ27年以降がオススメです。
26·4·1に小雨の中を第65回お城桜祭に訪れました。近鉄線路を渡り北側の追手門から(通常はこの手前に5·6台の無料駐車場在ります)少し歩くと展望が開け桜🌸右手の戻城址会館の明治の建屋を眺め 戻り天守台を見ると凄い人達です朱色の極楽橋からお掘りの桜景色を堪能して撮影会をする天守台の周りは水球ボールの様な物で数珠の様に囲われている(これは何?)上から郡山の城下町が手にとるよう南側の柳澤神社を参拝して竹林橋跡から郡山駅へ近鉄が近いんですが あえてJR大和郡山駅です 道中に見るべきものが沢山あるんですね~秀長の町作りは凄いです。
奈良旅行1日目洞川温泉、2日目に豊臣秀長公ゆかりの地に訪れました!駐車場は資料館の駐車場にとめて少し上がっていった場所にありました!YouTubeで前もって見どころなどを勉強していったので、逆さ地蔵のある場所も標識等がしてあったのでわかりやすくあと、来年の大河ドラマで秀長をするのにあたって、駐車場、道、城趾もすべてが綺麗に改修されていて、もう少し涼しくなったらより一層人も増えるのではないかと思われました!
郡山城は国の史跡に指定され、続日本百名城に認定されている。現存遺構はほぼ何も残っていないが、大きな天守台はじめ石垣、内堀などが残され、追手門及び周辺の櫓が復元されている。また、本丸及び二の丸が城址公園として整備され見学は無料である。一番の見どころは大きな天守台であろう。天守の記録はほとんど残っていないそうだが、発掘調査により天守の存在が確認された。城主が豊臣秀吉の弟秀長の時代に築かれ、後に二条城に移築されたのだろう。また駐車場からすぐの追手門周辺の雰囲気も良い。郡山城の歴史は古く平安末期~鎌倉時代に築かれたという。戦国時代には松永久秀、筒井順慶の拠点となった。筒井順慶の死後筒井氏は伊賀上野に転封となり、郡山城は豊臣秀吉の弟秀長の居城となった。当時の秀長は大和大納言と呼ばれ、大和、紀伊、摂津100万石を有していた。この時代に郡山城は大幅に拡張、整備されたと思われる。大和大納言家断絶後は五奉行増田長盛が城主となったが長盛は関ケ原の戦いに敗れ追放となる。江戸時代には郡山藩の藩庁となったが、藩主は頻繁に入れ替わり安定しなかった。ようやく1724年に柳沢氏が15万石で入城し、以降明治維新まで藩主を勤めた。明治の廃城令で破却され建造物はすべて撤去された。
| 名前 |
郡山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0743-53-1151 |
| 営業時間 |
[金土日月火水木] 7:00~17:00 |
| HP |
https://www.city.yamatokoriyama.lg.jp/soshiki/chiikishinkoka/kanko/2/1630.html |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2026.07観光で連れて来て頂きました(^^)なかなかの感動ものでした♫確かに石垣のみなのですが、そこから見える景色の素晴らしさ!そして石垣の組み方の違いに驚きました!今まで見て来た石垣は「大きな石を組み合わせて作る」イメージでしたが、この石垣は「大小の石を組み込んで作る」と言う感じでした(^^)お堀の深さにも驚きました!これを登ろうとするのは、確かに難しいだろうと、思いを馳せてしまいました(^^)