東の登城口と公園駐車場。
保々西城趾の特徴
東側の登城口からのアクセスが便利で楽しいです。
北勢中央公園に駐車できるので安心して訪れられます。
野球場の近くに位置していて、観光に最適なスポットです。
登城口は東側の登城口と野球場の二カ所あります。城内は整備されており、散策路は藪も少なく歩きやすいです。最大の見所は空堀と空堀から主郭にかかる土橋です。空堀はかなり深く、土橋はしっかりと残っています。土橋は二カ所あり、散策路上の土橋は立派ですがもう一つの土橋も見応えがあります。土橋を抜けたところに枡形虎口があります。散策路上ではない場所は多少の薮なので少し歩きにくいです。主郭には井戸跡がありますが、すり鉢状なので危険は少ないです。また主郭は藪だらけでした。屋敷群は通路の左右に軽い土塁があり、野球場側の端にはおそらく屋敷群の入口であったであろう、浅い堀と土橋があります。往時は番兵が立っていたのでしょうね。
| 名前 |
保々西城趾 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.3 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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車は北勢中央公園に駐車可能。そこからのルートがわかりにくい。野球場を目指し、右手から球場のバックスクリーンを目指すとバックスクリーン真裏付近に城址への入口と案内板が立っている。主郭まではそこから約10分。アップダウンはないので苦労はしない。ただ、夏はヤブ蚊がめちゃくちゃ多かった。保々西城は北勢地域に特徴的な主郭+居館群の遺構が良く残る城址である。ただし、整備はほぼされておらず区画された居館跡は草木が生い茂っている。主郭虎口の空堀の規模は大きい。空堀には土橋が通されておりその先が主郭である。主郭内も整備されておらず草木が生い茂げる。主郭には井戸跡が確認できる。また、石積が崩れたような石が散乱している。居館群の一部にも石積跡が確認できた。保々西城は室町時代に国人領主朝倉氏によって築かれたと伝わる。朝倉氏代々の居城であったが、織田信長の北伊勢侵攻時に落城、朝倉氏も滅亡した。保々西城の遺構の状態は良いので、整備を進めれば見ごたえのある城址になるのにもったいないと感じた。