加知天神で感じる、静かな朝の幸福。
中條神社の特徴
三河国内神名帳に記載された由緒ある神社です。
河内國古市郡槇庄の守護神として知られています。
名鉄豊川線の稲荷口駅から徒歩圏内に位置しています。
ご朱印を始められ、地域の方々が護っているので特定の日しかいただけませんが祈年祭で書置きをいただきました。拝受できる日は社務所に貼ってあります。
この辺の神社、寺の中では1番敷地が大きそうです。
一見すると、ただの町内の鎮守様的な神社に見えます。が、しかし、ここは、全国的にも有名な豊川の手筒花火の穴場です。その理由は開催時期。ここ、中條神社では毎年3月31日に一番近い土曜日の夜に実施されており、豊川市内で(おそらく全国でも)最も早く手筒花火を見ることができるためです。まだそれほど知られていないのか、いわゆる観光客は皆無、カメラマンもそれほど多くありませんので、ほんとに地元のローカルなお祭りに触れるには絶好の場所です。例大祭の前の昼間から、地元の子供たちが打ち上げ花火やねずみ花火をバンバン撃ちまくっていて、郊外の住宅街なのに、なんだか懐かしいお祭りに迷い込んだ気分になれます。あくまでも手筒花火が奉納される地元の町内の神社の例大祭という位置づけですので、お邪魔にならないように見物しましょう。木の板で神社の境内の周りを囲っているので、その外からどうぞ。
街中の小さな神社です。
朝早くから参拝に伺いました‼️やはり朝は寒いですが気持ちいいと思いますね☺️早起きは、好きですね😃得した気分です。
「三河国内神名帳」に従五位上加知天神とある社で、河内國古市郡槇庄・真木定観の守護神。定観は後醍醐天皇を奉じて吉野山にて最後まで戦った士で、その後裔刀鍛冶となり、この地に居住し加知天神を祀った。天正3年(1575)5月、長條の合戦の兵火により社殿、古文書を失ったが、慶長16年(1611)の棟札に奉新造立金山大権現とある。
名鉄豊川線”稲荷口駅”の南側に有ります。
| 名前 |
中條神社 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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案内看板の内容を載せておきます御祭神金山彦大神伊邪那美大神当社の創起は定かでないが、凡そ一二〇〇年前の延暦年間(七八二〜八〇五)里人熱田神宮から日本武尊 天照大神の二座を勧請神号加知天神(神名帳従五位上)天安年間(八五七~八五八)渡津宿から金山彦大神を遷し祀る。平安中期(年代不詳)熊野権現を勧請、建久年間(一一九〇~一一九八) 加知天神を再建金山明神に改称するも宝治~建武頃(一二四七~一三三五)の相次ぐ戦乱で金山明神灰燼と化し、度重なる天災飢確で多くの里人が雛散したと伝承される。興国二年(一三四一)槙守国この地に移住し、正平五年(一三五〇)金山明神を再建、日本武尊天照大神,伊弉尊を正廟三神祀り、それぞれ短剣、ハツ花鏡、地蔵菩薩を御神体として安置、神号加知天神と称する。慶長十六年(一六一一)金山大権現造営、文化元年(一八〇四)金山大権現を奉する。明治元年の神仏分離令により金山彦神社と熊野神社に改称、大正三生一月七日金山彦神社に熊野神社を合祀「中條神社」に改称し、併せて点在していた境内末社、別地末社のそれそれを今宮社に合祀、大正十五年三月二十九日現地に遷宮する。昭和十六年創建された豊川海軍工廠神社に当社の御祭神も祀られる。境内末社例大祭鎮座地今宮社 御祭神品陀和気命甲子社御祭神賀具突大神菅原道員公櫛石窓命大黒天三月三十・三十一日に近い土・日曜日豊川市中条町宮坪二十二番地中條神社合祀百年記念。