歴史感じる牧野成時の地。
さぬき屋敷公園の特徴
歴史の勉強ができる小さな公園です。
豊川市牧野町に位置する趣ある公園です。
偶然立ち寄った人々を楽しませる場所でした。
牧野成時(古白)の長男能成とその子孫の屋敷があった場所です。永正2年(1505年)に成時が今橋城を築き牧野城が廃城になった時に移り住んだということです。「讃岐屋敷」と呼ばれるのは、牧野氏が阿波・讃岐よりの来住だからそうです。その屋敷跡がさぬき屋敷公園となっています。今は、門しか残っていませんが、なんでも1959年の伊勢湾台風までは家屋もあったとか…その門は鳳来寺の一院のものだそうです。牧野家の三ツ柏紋の軒瓦が並んでいる姿が美しい門です。遊具は、ブランコ、すべり台、ジャングルジム、鉄棒、砂場があります。藤棚があってベンチが設置されています。そこでお茶を飲んで休憩しました。(2025/04/26、5/1)
小さな公園ですが、歴史の勉強になりました。
たまたま、通りかかったところ。地元しか知らない場所では。
●誰も牧野氏の屋敷跡とは思わないのでは…?応永年間(1394-1428)に地頭として讃岐から三河牧野郷に移ってきたのが、田口伝蔵左衛門成富という人物である。牧野氏の初代になる彼の子どもが有名な牧野成時(古白と号す)である。古白の長男は牧野能成という人物だが、彼は牧野一族が徳川家康に従って各地に転戦し領地を得ていったのに対し、終生、牧野の地に棲み続け、子孫たちも明治に至るまでこの地に暮らし続けたという。現在では児童園地でしかないが、昭和60年代に改修された門がわずかに残るのみとなっている。「さぬき」という名は、牧野氏の初代が讃岐国からやってきたことを名前に留めているのであろう。
●誰も牧野氏の屋敷跡とは思わないのでは…?応永年間(1394-1428)に地頭として讃岐から三河牧野郷に移ってきたのが、田口伝蔵左衛門成富という人物である。牧野氏の初代になる彼の子どもが有名な牧野成時(古白と号す)である。古白の長男は牧野能成という人物だが、彼は牧野一族が徳川家康に従って各地に転戦し領地を得ていったのに対し、終生、牧野の地に棲み続け、子孫たちも明治に至るまでこの地に暮らし続けたという。現在では児童園地でしかないが、昭和60年代に改修された門がわずかに残るのみとなっている。「さぬき」という名は、牧野氏の初代が讃岐国からやってきたことを名前に留めているのであろう。
トイレ無しで公園狭いです。
| 名前 |
さぬき屋敷公園 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.1 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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