歴史が息づく六義園の景。
新脩六義園碑の特徴
六義園八景が刻まれた美しい石碑があります。
しだれ桜のそばに位置する歴史ある記念碑です。
皇室にゆかりのある甲府侯柳沢吉保が関わっています。
しだれ桜のそばに「新脩六義園碑」があります。
柳沢吉保の四代子孫が建てた石碑らしい。
六義園の評判は作庭当時から非常に高く、和歌の世界に憧れ、皇室を格別に尊んでいた甲府侯柳沢出羽守吉保は時の霊元上皇に六義園の絵図を献上し、霊元上皇が延臣に和歌を読ませた巻物が吉保に下賜されました。市場苦心の屋敷の庭園に乗降を通じて和歌集が送られることは極めて異例なことで、それほど六義園は名称と名高かったことが伺えます。そんな六義園も三代信鴻が没して以後、荒廃してしまいましたが、四代保光が約1年の歳月と莫大な費用を投じて復旧。その際に8つの景勝を加え、その記念に碑を建てました。その碑こそこの、新脩六義園碑であり、碑には新たに加えられた八景の名が刻まれています。
| 名前 |
新脩六義園碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
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盤面の右上には「六義園八景」の文字が横書きで刻まれ、その下部に庭園内の8つの優れた景勝名が縦書きで列挙されています。右から順に以下の通りです。若浦春曙(わかのうらのしゅんしょ)筑波秋霧(つくばのあきぎり)吟花夕照(ぎんかのせきしょう)東叡出鐘(とうえいのしゅっしょう)軒端山月(のきばのさんげつ)蘆辺水禽(あしべのすいきん)紀川涼風(きのかわのりょうふう)士峰晴雪(しほうのせいせつ)江戸時代、六義園の造営者である川越藩主・柳沢吉保は、伝統的な名勝指定の形式である中国の「瀟湘八景(しょうしょうはっけい)」の思想を取り入れ、紀貫之が編纂した『古今和歌集』に詠まれた和歌の浦などの情景を、この広大な敷地内に見立てて再現しました。この碑に刻まれた八景は、庭園内から借景として望む富士山(士峰)や筑波山、上野の寛永寺(東叡)から響く鐘の音など、当時の江戸の豊かな地理的景観と文学的な情景を明確に指定したものです。風化が進む不整形な石の表面に刻まれたこれらの文字群は、江戸前期の有力大名が持っていた高度な教養と、空間全体を一つの壮大な文学的世界として設計・マッピングしたという都市計画のコンセプトを、現代の実空間において平坦に証明し続ける極めて重要な物的記録として機能しています。