根府川の歴史感じる、おかめ桜散策。
根府川関所跡の特徴
貞享3年の書に記された根府川御関所の記録が興味深いです。
関東大震災の大きな石が目を引く歴史的な地点です。
おかめ桜まつりで美しい川沿いの景色が楽しめます。
書により「根府川関所」をしらべてみます貞享3年(1686年)の書にある【根府川御関所 通行切手覚(つうこうきってのおぼえ)】をみてみます。地元の男性はリスト(御番帳)に名があれば手形なしでも通れましたが、女性は非常に厳しく制限されています。通れる女性には制限があり、根府川周辺の4つの村の女性しか、日常的な通行は許されていませんでした。それ以外の女性が通る条件は、結婚などでどうしても通る必要がある場合は、村の役人(年寄・名主・組頭)や親類、雇い主など、たくさん「保証書」がなければ絶対に通行できませんでした。当時の『出女(でおんな)』に対するきびしい取り締まりが文中に見えます。____________❶【参考 神奈川叢書 1965】【根府川御関所 通行切手覚(つうこうきってのおぼえ)】一、【根府川の関所を男性が通る場合について】関所の「御番帳(通行人リスト)」に名前が登録されている地元の男性は、通行手形を持っていなくても通ることができます。一、【「御番帳(通行人リスト)」に名前が無い人が通る場合について】その人の支配者(領主や代官など)から、あらかじめ決まった形式の「通行手形」を発行してもらい、それを提示して通るように申し出てください。一、【また、主人がいる奉公人が通る場合について】その主人が発行した手形を提示して通るように申し出てください。一、【根府川の「女性の通行」について】女性が通ることができるのは、江之浦村、岩村、真鶴村、土肥村の4つの村の女性に限ります。この4つの村の女性が、普段通りたいと申し出る場合は、村の名主が責任を持って保証し、通行させて構いません。一、【右の4つの村以外の女性が、縁組のために通る場合について】村の年寄(村の役人)たちが共同でサインした手形を提示して、通行を申し出てください。また、一緒に連れていく奉公人がいる場合は、その奉公人を雇っている主人から「間違いなく自分の奉公人である」という証明書を提出させ、その上で、その奉公人の親類や、その村の名主・組頭(くみがしら)からも「身元を引き受けます」という証文を提出させてください。その上で、年寄たちが共同サインした手形を持たせて通行させるよう申し出てください。一、【右の4つの村以外で、伊豆方面の領地へ行く場合について】これについても、先ほどと同じように村の年寄たちが共同サインした手形を使って通行させるよう申し出てください。右(以上)の趣旨を、これからは全員がしっかりと心得るようにしてください。
川沿いの綺麗な景色のところ(振り返ると民家が数軒ありますが…)説明板と石碑があるだけです同じ場所に関東大震災時の大きな石もあり、そちらの方が目につきやすいかも。
おかめ桜まつりで訪れました。(2025.3.13)現地の案内板によれば、江戸時代初期の元和元年(1615)頃に設けられ、明治維新後の明治2年(1869)に廃止。開門が明六つ(午前6時頃)閉門が暮六つ(午後6時頃)破れば磔(はりつけ)で、取り締まっていたと記載されています。江戸時代当時、箱根エリアの関所は小田原藩が管轄し、6か所設置されていた様です。関所名 街道名(現在の道路)1】箱根関所 本街道(県道732)2】脇関所(5か所)①根府川 熱海街道(R135)②仙石原 箱根裏街道(R138)③谷ヶ村 大山道❓(R246❓)④矢倉沢 矢倉沢往還(県道78❓)⑤川村 ❓❓❓(県道76❓)❓は私の憶測なので、ご存知の方がいらっしゃれば是非ご教授下さい。
| 名前 |
根府川関所跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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