宍道湖に寄り添う大橋川の歴史。
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| 名前 |
清原太兵衛紀功碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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江戸時代、宍道湖に繋がる大きな川は大橋川と天神川しかなく、宍道湖の周辺ではたびたび水害が発生していた。そこで、当時松江藩士だった「清原太兵衛」は、現在の松江市鹿島町恵曇の日本海から松江市西浜佐陀町の宍道湖まで流れる川「佐陀川」を作り、宍道湖の「水の出口」を増やして、水害から守ろうとした。佐陀川の工事は用地の取得が難しく、また堀上げをしてもすぐに崩れてしまうほど地盤が悪かったことから、約3年を要する難工事であった。工事は天明7(1787)年に完成し、11月には盛大な川開き式が開かれたがその場に太兵衛の姿はなかった。佐陀川工事の完成を見ることなく、完成直前の76歳で亡くなってしまったのだ。無念であったろう。