海の音に癒される岡倉天心邸。
旧岡倉天心邸の特徴
美術思想家・岡倉天心が設計した天心邸の内部が趣き深いです。
大五浦・小五浦の絶景を楽しめる最高のロケーションです。
国の登録有形文化財に指定されている歴史的な建物です。
思想家で日本の芸術文化に多大な貢献をした岡倉天心の住居跡明治37年築邸内には上がれません。
家の中には入れませんが、手前のベンチに座って海の音をBGMに眺める景色は最高でした!
入場料400円。近代日本美術の発展や文化財保護に多大な功績を残した岡倉天心(本名覚三(かくぞう)、1862~1913)が転居した地。邸内には現在、居宅、長屋門、六角堂をはじめ、天心が造った庭園がある。居宅から見える大五浦・小五浦は大小の岩礁が点在する豊かな風致景観を成している。 岡倉天心は日本の美術思想家で、明治31年(1898)に東京美術学校校長を辞職後、日本美術院を設立し、明治36年に五浦に転居した。その後1年間のボストン滞在から戻った天心は邸宅の大改造に着手した。 天心邸の敷地は、なだらかに海へと傾斜する固い岩盤上にあり、一部はダイナマイトを用いて造成された。当時の建物のうち、母屋の中心部分や長屋門は現在も残る。また、眼前に広がる太平洋(大五浦・小五浦)とそこに点在する岩礁も庭園の要素として取り込まれている。
国登録記念物登録名称は『岡倉天心旧宅・庭園及び大五浦・小五浦』(おかくらてんしんきゅうたく・ていえんおよびおおいづら・こいづら)五浦海岸の水面から10m以上高い岩盤上にあるのに、東日本大震災の時にはここも津波の被害があったのは驚きです美術思想家、岡倉天心、本名は覚三(かくぞう)は明治31年(1898)に東京美術学校校長を辞職後、日本美術院を設立し、明治36年に五浦に転居した。その後アメリカのボストン美術館の仕事での1年間の滞在から帰国した天心は、なだらかに海へ傾斜する岩盤上を造成し邸宅や庭園を完成させました。天心居宅、六角堂から望む大小の岩礁が点在する大五浦・小五浦は借景として美しい庭園の要素になっています。
趣きもあって庭園と波の音が癒しを与えてくれます。
岡倉天心自ら設計した天心邸。この地に移り住んだ天心は、はじめ古い料亭を住まいとしていました。天心邸はその料亭の古材を用いて建築されたと伝えられています。建物の庭には芝生が生えていてとてもきれいです。ベンチがあるので庭はもちろん、天心邸をゆっくり眺めることができます。
目の前が海っていうところが素晴らしいですね。
旧 岡倉天心邸茨城大学の五浦美術文化研究所の管理のもと、六角堂と共に保存されています。中に入って見学は出来ませんが、縁側から中の様子が観覧出来ます。天心邸からも海が見え、なんとも風情のある佇まいです。天心も縁側に座り、この景色を眺めていたのでしょうか。東日本大震災では、天心邸の床下辺りまで津波が来たそうです。
天心自ら設計したシンプルな建物ですが、趣があり庭園も見事です。👍目の前が海というのも羨ましい。🤤私も龍王丸に乗って糸を垂らしたいなぁ。(^○^)
| 名前 |
旧岡倉天心邸 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 電話番号 |
0293-46-0766 |
| 営業時間 |
[火水木金土日] 8:30~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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夏、ここで快晴な青空を眺めながら…スイカを食べてみたくなる…昭和な田舎を感じる素敵な場所です※少女が写る写真だけ、東日本大震災数ヶ月前の夏のある日に撮影したものです。