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ここの「青葉通り」「野行通り(やこうどおり)」にある「百番供養塔」は、江戸時代に「西国三十三所」「坂東三十三所」「秩父三十四所」の「日本百観音」巡礼を達成した参拝者らが、その満願を記念して建立した石塔です。それぞれ一つ一つの霊場の供養をまとめて行うことを目的として建てられました。東村山駅東口のロータリーの北にある細い一方通行の道を70Mくらい歩いてゆくと、都道128号線の細い一方通行の道に出ます。その地点で左に曲がって、20Mほどの所の左手(南側)にある「百万遍供養塔」とは、その趣旨が異なります。「百万遍供養塔」は、疫病退散や無病息災を願う仏教の行事で、それを記念した供養塔のことです。念仏を百万回唱えることで、亡くなった人を供養したり、疫病退散などを願うといった仏教の行事のほうです。ここにある「百番供養塔」の方については、その建立の目的は、前述の通り、日本百観音(西国三十三所、坂東三十三所、秩父三十四所)の巡礼を終えた人々が、感謝の気持ちを込めて建てたものです。巡礼を終えた参拝者や、巡礼に同行した人々を供養する意味合いがあります。供養塔には様々なタイプのものがありますが、「百番供養塔」は観音信仰に基づいて建立されたものです。なお、ここの地点から南側の道路は「青葉通り」と呼ばれ、ここから北側の道路は「野行通り(やこうどおり)」と呼ばれます。「野行通り」は、ここから北側のみではなく、所沢街道(都道4号)の方へ向かう ここから分岐する東の方向へのナナメの道も「野行通り」です。「野行通り」は、所沢街道に出る途中で空堀川に寸断されています。空堀川は、柳瀬川の支流で 降雨時だけ水が流れる涸れ川(かれがわ(水無川))です。だから大昔の「野行通り」は、空堀川のところを歩いて渡っていたのでしょう。