勝海舟の断食跡、絶景の先に。
浦賀城跡の特徴
勝海舟が断食した歴史ある場所、素晴らしい眺望です。
急な階段を登る価値があり、戦国時代の雰囲気を感じます。
東浦賀の叶神社の裏山に位置し、開国の思いを馳せられます。
東叶神社の脇の階段を250段ほど登ると、浦賀城の本郭に辿り着きます。とりあえず、階段は本当に文明の利器。普通の山城の坂を登るよりも、はるかに昇りやすい。それでも結構息が切れるけれど。本郭には、説明板があり、見晴らしが良いように、展望場の付近を伐採してくれています。浦賀水道越しに、房総半島=上総&安房の国もよく見えます。湿地帯に江戸の街が切り拓かれるまでは、こちらの方が海路で近かったということが、行くとよく分かります。
平日の昼前に訪れました。誰にも会わず。叶神社から階段を登って行くとすぐに着きます。海側は断崖となっており、浦賀水道の良い景色を楽しめます。山城の雰囲気はほとんど感じられません。小さな砦があったような感じがしました。帰りは、同じ道を戻るのは面白くないので、奥の院の裏手の登山道らしい道を使って下りました。ヤマレコのマップを見ながらだったのでなんとか道が分かりましたが、ないと分かりにくく、危険なところを行ってしまう恐れがあります。
2024年3月28日に訪れました。東叶神社の裏手左側から急勾配の石段を登って行くとたどり着きます。戦国時代、小田原北条氏が三浦半島を支配していました。房総半島の里見氏から防衛するために北条氏康が築城したとされています。幕末、勝海舟が、咸臨丸で渡米する際、旅の安全と成功を祈願して断食修行した場所だとのことでした。叶神社の奥宮や東照宮も建っています。
こちらは2024年11月08日の訪問となります。浦賀の叶神社(東)の境内脇に風致保安林&石階段(登城口)があり、そこをずっと上った明神山山頂がそれです。石階段は長く結構ハードでカラスが多いので注意して登りましょう。上には神明社、勝海舟断食の碑その他色々あります。高台ですので展望も良く、展望台らしきものもあります。この城、元は三浦氏が築いた城を北条氏康が改修したとかで、里見氏の攻撃に備え、北条水軍の拠点となったそうです。また、山頂への道の分岐で堀切+井戸にも行けたそうですが分岐がわかり辛く行き損ねました。訪れる方はお見逃しなく。
急な階段ですが、時間はかかりませんむしろ階段が整備されてる有り難さを感じます上がると勝海舟が航海を祈願し断食した場所が有り先端からは東京湾の入り口が房総半島も一緒に眺められます戦国時代以降から江戸時代末期までこの場所から外洋を見張っていたのだろうと想像出来楽しめます。
東叶神社の脇の急登な階段を登った先に有ります。
体育会系の体力作りを思わせる急な階段。息が上がり、二度三度休憩した。太ももが笑う?頂上からの眺めは最高だった。
神社の社殿から、かなり上がりますが、登る価値のある場所です。まずは、東京湾と向かい側の房総の眺めが非常に良いです。対岸が近いせいかくっきりと見えます。それから、思ってた以上に歴史を学ぶことができます。ペリーが浦賀にやってきた時、船を着岸させた場所や、勝海舟が咸臨丸で渡米する前に、断食した建物跡の記念碑なども有ります。日本の夜明けを感じる場所でした。
東西の狩野神社をお参りした後にこちらへ寄りました。東神社の裏から伸びる、階段をずーっと上っていくのですが、階段がめちゃ急で心臓が破裂するかと思いました。結構お年寄りでも上っていく人が多いようで、なかなかの夢菜結生治のようです。お城跡と言う事ですが、山の上にはそれらしきものはなく、ちょっとした広場のような感じになってheyおります。山頂からは東京湾が一望でき、昔黒船や赤が来た時はここから見えるような状況で東京湾防衛の要のようなお城だったのだろうと簡単に想像ができます。広場の夜ではありますが、周りには高い気がありあまり直射日光が当たらないため比較的涼しいです。降りるのも結構大変なので気をつけてください。
| 名前 |
浦賀城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
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周辺のオススメ
叶神社の奥に続く階段を登った先にあり、浦賀水道を望むことができます。幕末の武士たちもここから黒船を見たのか、などと想像を膨らまして風景を楽しむことができます。