レトロな味わい緑地西橋。
緑地西橋の特徴
明治時代に心斎橋として作られた鉄製アーチ橋で歴史を感じる。
鶴見緑地内のバーベキューエリアにアクセスしやすい橋で便利。
ポプラ並木とメタセコイヤ並木が美しい風景を演出している。
鶴見区道8324号線は、鶴見緑地公園内を走っている、2車線道路である。この道路と緑地内の歩道(工事車両や緑地整備車両も走る)が、立体交差している鋼鉄製のトラス橋である。こういう歩道橋が公園内に4か所あり、そのうちでこの橋は「緑地西橋」と名付けられた。幅が8mほどある。元々この橋は、明治6年3月長堀川に架けられた心斎橋であった。弓形の桁を用いて、つくられているのが見て取れる。当時、心斎橋は、日本で5番目に架けられた鉄橋(ドイツ製、橋長37.1メートル幅員5.2メートル)で、その規模の大きさは多くの人を驚かせたらしい。現在では大したことではないが、当時の日とは驚いたわけだ。しかし明治41年に撤去され、石づくりのアーチ橋に主役の座をうばわれた。その後、境川橋、新千舟橋、すずかけばしと、次々に移転して橋として働いてきた。 このたび鶴見緑地で5度目の仕事をしている。がっしりとした鉄の骨組みに、明治時代の文明開化をしのんでいただくと、橋は喜ぶであろう。
鶴見緑地の中でも一番西の端に位置する第2運動場やコミュニティ広場は、他のエリアとは道路で分断されていて、そこを行き来するために設置されている歩行者専用の橋がこちら、「緑地西橋(りょくちにしばし)」です。外観は銀色の弓形トラス橋で、見ようによっては大川に架かる桜宮橋(銀橋)にも似ています。実はこちらの橋、元々は明治6年(1873年)に木製の橋から架け替えられた二代目“心斎橋”だったもので、ドイツから輸入されたものなのだそうです。その後心斎橋は明治42年(1909年)にガス灯を有する石橋へと架け替えられ、鉄製のトラス橋は西区と港区の境を流れていた境川に架かる“境川橋”として生まれ変わり、その後も西淀川区にかつて流れていた大和田川に架かる“新千舟橋”、鶴見区西三荘水路の“すずかけ橋”と場所や名前を変えつつ、平成元年(1989年)に現在の場所に移設されてからは“緑地西橋”として当時の姿を残したまま今も活躍しています。なお、元々心斎橋があった場所のすぐ近くには“心斎橋顕彰碑”があり、初代の木製の橋、二代目の鉄製の橋(現 緑地西橋)、三代目の石橋の姿がそれぞれ描かれたレリーフが飾られています。また緑地西橋が“新千舟橋”だった頃の親橋は西淀川区の大和田住吉神社の境内に残されていますので、橋の歴史に思いを馳せながらそれらの場所を訪れてみるのも良いと思います。
心斎橋の一部を移設したもの。心斎橋から各地を転々と移設され、此所に落ち着いた。
鶴見緑地のバーベキューエリアに行くのに近くて便利な駐車場から通る陸橋です。この橋は、初代心斎橋らしくて橋の横に設置されている石碑からその内容がわかります。
元「心斎橋」だったとは碑を見ないとわからないですね…
明治の時代に心斎橋として作られたリベット締結の鉄製アーチ橋です。
旧心斎橋が此処に有るのは知ってたが、はじめて来てみました。
新しくレトロ風な街灯が設置されました。橋から見下ろせば、春は桜並木がキレイです。
この橋の先の鶴見緑地は私のお墓です。勉強嫌いの飼い主が最近来てくれない。初代心斎橋という事ですが、銀橋や梅田スカイビルに掛かっている橋とも何か関係あるのですかね?
| 名前 |
緑地西橋 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
|
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