新田義貞公の霊を感じる金龍寺。
金龍寺の特徴
境内が綺麗で多くの参拝者が訪れるお寺です。
新田義貞公の墓所があり、由緒ある場所として必見です。
牛になった子坊主の伝説が残る歴史深い寺院です。
龍ケ崎に住んで20年経ちますが、初めて訪れました。中々に歴史ある良いお寺でした。
茨城県龍ケ崎市にある『金龍寺』をお参りしてきました。金龍寺の本堂裏には『新田氏累代の霊墓』と『新田義貞公五輪塔』『新田貞氏公五輪塔』『由良国繁公五輪塔』があります。宝篋印塔も二基ありました。『金龍寺』は、曹洞宗の歴史ある寺院で、その創建は元享元年(1321年)で、新田義貞により群馬県太田市の新田荘金山に開かれたと伝えられています。由良国繁が天正18年(1590年)に常陸国牛久へ転封された際、寺も共に新田荘金山から移転しました。現在の龍ケ崎市若柴町に移ったの寛文6年(1666年)のことです。由良国繁の出自である由良氏は、もともと「横瀬氏」を名乗っていました。彼らは上野国の名門である新田岩松氏の家臣でしたが、戦国時代に下剋上によって主君から実権を奪い、金山城を拠点とする戦国大名へと成長します。そして、横瀬成繁の代に新田氏ゆかりの地名である由良郷を姓として「由良氏」へと改姓しました。この改姓は、新田義貞の子孫であると主張することで、自らの権威や支配の正当性を高める狙いがあったと考えられています。金龍寺は、国指定重要文化財「絹本著色十六羅漢像」を所蔵し、地域に伝わる伝説も豊富です。新田氏と由良氏という二つの武家が深く関わった金龍寺は、歴史的背景と共に豊かな自然と風格ある伽藍を持つ、訪れる価値のある場所です。
今日行きました境内が綺麗で参拝者多くとてもよかったです。
2023.7.7 10:00 参詣太田山金龍寺 もとは群馬県太田市にあった金龍寺がこの地に移転したのは1666年のことだそうです。旧水戸街道沿いの石柱脇には龍の形をした古木があります。階段を上り参道を進んでいくと山門。その先には本堂。右手には鐘楼、六角堂。広大な敷地に素晴らしい建物が並び立っています。本堂の裏手には新田義貞の墓。さまざまな伝説や言い伝えが残る素晴らしいお寺です。蕎麦食ひて日傘で詣る金龍寺 奮太。
牛久沼の由来になった、小坊主の伝説の残るお寺。怠け者の小坊主が牛になって、沼に入ろうとした牛の尻尾を住職が引っ張ったおはなし。牛を食った沼で、うしくぬまになったとか。子供の頃から聞かされています。
JR龍ケ崎市駅から歩いて15分前後新田義貞公の墓所が有ると言う事で行きました。子孫の由良国繁が転封に従い菩提寺を此方に移したとか。本堂の後側へ案内指示板が在ります。他にお墓参りの人達もいたので早目に。
由緒ある、佐貫のお寺。今は、龍ケ崎市駅の最寄りのお寺さん。住職さんは実は、男前!、?
新田義貞公の墓所があります。案内板がありますので、金龍坂を上って、駐車場に入ると山門があります。新田氏の墓所は、本堂の左手奥にあります。
鎌倉時代後期から南北朝時代の武将。新田義貞 が元享元年(1321)に上州新田郡(現、群馬県太田市)に創建、天真禅師の開基と伝わる寺。新田義貞の死後、天正18年(1590)義貞の子孫である由良国繁が太田金山城から牛久に国替えになった際に寺も一緒に移したそうです。境内には新田義貞の墓や由良家代々の墓があります。
| 名前 |
金龍寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0297-66-3469 |
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
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古く歴史のあるお寺です。ただ、入り口が狭いので、対向車が来るとすれ違えません。