趣きある桃澤神社で御朱印をどうぞ。
愛鷹明神 桃澤神社(里宮)の特徴
桃澤神社は歴史を感じる延喜式内社として信頼があります。
愛鷹山山頂に奥宮があり、神社の位置も独特です。
書き置きの御朱印が頂ける、整備された神社です。
御朱印が頂ける神社。書置のものが頂ける。御朱印は大判サイズ。16×11サイズには張り付けることは出来ないので注意⚠️。御朱印は拝殿下手の授与所にて。御朱印受付の貼紙があります。大きな神社ではないが由緒ある古社。愛鷹山に奥宮が鎮座している。参拝者専用駐車場があるので車での参拝者となるだろう。駐車場は砂利なのでバイクはちょっとつらいかも。
2025年6月の週末に参拝。愛鷹山に奥宮があり、奈良時代から続くとも言われる古い神社だそうですが、今の拝殿は近年、再建されたとも書かれていました。拝殿右手に参拝者用駐車場があります。また、鳥居の手前に社務所(とは書かれてませんが)があり、そちらで御朱印などをお願いすることができるようです。ご由緒・沿革愛鷹明神桃澤神社由緒愛鷹明神として崇敬されており、愛鷹山頂上(海抜1188m)に奥宮(本社)、一合目宮元字元野(大坂)に中宮、青野に下宮の三社が愛鷹明神桃澤神社であります。御祭神は三社とも次の三柱の神様をお祀りしております。・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)・木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)・建御名方神(たけみなかたのかみ)創建は愛鷹山縁起によれば第七代孝霊天皇元年(紀元前290年)、また一説には奈良時代、元正天皇霊亀三年(西暦717年)とも伝えられており、いずれにしても古い神社であります。平安時代、後鳥羽天皇建久5年(西暦1194年)源頼朝公が富士の巻狩りに際し、愛鷹明神が馬を愛でられるところから神馬として駛馬(青色)99頭を奉献され此れが愛鷹山牧場の濫觴であると言われております。戦国時代、正親町天皇、永禄・元亀・天正の頃、今川・武田両氏相次いで神馬を保護し愛鷹山一帯の芝地を神領とされた。天下統一後の徳川家康も又、今川・武田両氏に倣って神馬を保護されております。江戸自体、中御門天皇享保7年(西暦1722年)津田外祀、愛鷹山中に放牧されている神馬を江戸幕府の経営にしようと企てたが、愛鷹神主(奥津丹後)及び地元住民の反対に合い、漸く光格天皇寛政8年(西暦1796年)岩本石見守正倫の検分により幕府直轄の牧場として経営、毎年60~100頭の馬を駛東、富士、伊豆及び相模(神奈川県)の各地に払い下げ、毎年三頭を祭祀の料として愛鷹明神に献納した。江戸時代には、社領として、除地高 9石9斗2升、田畑六反七畝を所有していたが明治維新、上地となった。明治元年、明治天皇御東征の説、橋本少将、柳原侍従が勅使として当社に登拝され幣帛料を奉納せられ、同明治8年旧社格郷社に列せられた。境内地は奥宮(本社)750坪、中宮1052坪、下宮250坪である。例祭日は奥宮2月8日、中宮4月8日、下宮9月8日、頂上奥宮と下宮は凡そ三里(12km)である。「愛鷹山縁起」について愛鷹山は天地開闢より出現の御山にして萬物出生の根源なり。知神五代(天皇皇大神、天忍穂耳命、瓊瓊杵尊、彦火々出見命、鵜茸草茸不合命)天照皇大神の御孫である瓊瓊杵尊と申し上げる神様が、第七代孝霊天皇の治世、孝霊元年庚申4月8日(西暦紀元前290年)御山の雲霧晴れて顕れ瓊瓊杵尊は愛鷹山に鎮座し愛鷹明神と成らせ給う。即ち瓊瓊杵尊の御象を神体として移顕し給う。運長久、火防、災難より守らせ給うとあります。
小さいながらもなかなか趣きのある神社です。何とも気持ちが落ち着ける神社でした。御朱印は鳥居の前にある神職さんの家(立派な石垣の上に建つ立派な家です)にて頂きました。御由緒より愛鷹明神として崇敬されており、愛鷹山頂上に奥宮(本社)、一合目宮本字元野(大坂)に中宮、青野に下社の三社が愛鷹明神桃澤神社であります。御祭神は三社とも次の三柱の神様をお祀りしております。瓊瓊杵命(ににぎのみこと)木花咲耶姫命(このはなのさくやひめのみこと)建御名方神(たけみなかたのかみ)
ちょっと小高い場所に鎮座する神社。こじんまりとしていますが、おみくじが引けたり、駐車場🅿️がすぐ近くにあったりでなかなか良いですね。
書き置きの御朱印を頂きました。途中、道路が狭いので気を付けてください。
根方街道から少し登った所にあります。
桃澤神社は愛鷹山山頂に奥宮(上宮)が、沼津市柳沢に中宮が、そしてここ青野に里宮(下宮)があるそうです。里宮の横に住んでいらっしゃる興津家では、桃沢神社と愛鷹山南面を管理し累代50代この神社を守っているらしいです。神社の道路を挟んだ北東角に駐車場があります。又、長泉町にも桃澤神社がありますが、そちらは桃沢川の流域で昔の地名が字桃沢である。どちらも、『延喜式神名帳』にある「桃澤神社(駿河国・駿河郡)」に比定される式内社(小社)の論社である。
道が狭いので気をつけてください。駐車場はありません。
歴史を感じさせる神社です。宮司も良い感じの方です。
| 名前 |
愛鷹明神 桃澤神社(里宮) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.4 |
| 住所 |
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桃澤神社(ももざわじんじゃ)下社。静岡県沼津市青野。式内社(小)論社、旧郷社。江戸時代は「愛鷹(あしたか)大明神」と称していた。主祭神:建御名方神(配祀)瓊瓊杵命 木花開耶姫命資料によると、「愛鷹山縁起」によると、第七代孝霊天皇元年の創祀。一説には、奈良時代、元正天皇霊亀三年(717年)の創祀であると伝えられる古社。通称は愛鷹明神で、式内社・桃澤神社の論社の一つ。ただし、愛鷹山頂の愛鷹明神と、桃澤神社は本来別の神社であったが、いつの頃からか、桃澤神社の相殿に、愛鷹明神が合祀されたらしい。察するに、愛鷹山麓の沢の多い地域(百澤)に祀られていた桃澤神社が、愛鷹山山頂・愛鷹明神の遥拝所、里宮として機能し、一体となったのだろう。ということで、式内社・桃澤神社は、里宮である当社(下社)であったと思う。ただし、式内社・桃澤神社として有力な論社は、実際に沢の多い地域にあった、元長窪鎮座の桃澤神社で、当社は、純粋に愛鷹明神の里宮である可能性が高く、当社を桃澤神社と称するようになったのは江戸末期からだという。愛鷹山麓は神馬の牧場として有名らしく、建久五年、源頼朝が駿馬九十九頭を奉納したことが、その起源であるという。明治八年三月郷社に列した。愛鷹山山頂に奥宮(上社)があり、当社は里宮(下社)にあたる。その途中に中宮(中社)も存在する。とあります。