珍しいカエル取り狛犬。
久々美雄彦神社の特徴
久々美雄彦神社は、珍しいカエル取り狛犬が守っています。
山腹に位置し、静謐で澄んだ雰囲気が魅力です。
近くには東海自然歩道があり、自然を楽しめます。
どんどん山に入って行くとある。
久久美雄彦神社(くくみおひこじんじゃ)は、岐阜県養老郡養老町にある神社である。式内社の美濃国多芸郡久久美雄彦神社であり、旧社格は郷社。久々美雄彦神社とも表記される。創建年紀勧請不詳。延喜式神明帳曰く、美濃國多藝郡四座の内久々美雄彦神社是なり。旧笠松縣管轄美濃國式内神社考証曰く、久々美雄彦神社石津郡沢田村にあり。(神名帳名証曰、久々美雄神社有沢田。新撰美濃志曰く…久々美雄神社村内にあり。延喜式に多藝郡久々美雄彦と記し云々。美濃明細記神名式略考諸社一覧安永呈記塘叢社中に藏むる神鏡銘云々等同じ)今も久々美雄彦神社と称して一村の産土とす。(天明五年及寛政五年両度社殿修葺梁○並天文戊午(天文年間戊午年無し)年本社建替大工神文等何れも久々美雄彦大明神と記せり。)祭神不詳。神位は仁明天皇の承和五年始て従五位下を授け賜へり。(続日本後紀曰く承和五年八月奉授美濃國多紀郡無位久々美雄彦神従五位下。此の神位伴信友が神名帳標目私考に、天下の諸神併て増一階の○嘉祥四年より永徳元年に至りて凡そ九度ありと云る説に因りて勘ふれば已に従三位の相当とすべし。)
他の方も言及されているように、ここでは玉取り狛犬ならぬ、とても珍しい「カエル取り」狛犬が守護しています。しかもこの狛犬の口にはコロコロ動く玉が入っているので玉取りでもあります。狛犬の足元には「大正九年十月寄附人日比綱次郎」の銘がありました。奉納者の日比綱次郎さんは粋な人だったに違いありません。そしてカエルの愛らしさから加工を引き受けた石工の腕も確かです。本殿玉垣内の石灯籠一対に「宝暦八戊寅(1758)年八月吉日」の紀年銘が刻まれていました。銘は玉垣の外から確認できます。
東海自然歩道がすぐ近くなに通っていたなんて知らなかった😀
山腹にある雰囲気の良い神社です。足元に蛙がある珍しい狛犬があります。
静謐で澄んだ様子が良い。
式内社。付近はお犀河原といい、ゴツゴツとした石だらけの地面を賽の河原に擬えているようです。
| 名前 |
久々美雄彦神社 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| HP | |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
|
周辺のオススメ
久久美雄彦神社(くくみおひこじんじゃ)。岐阜県養老郡養老町沢田字宮谷。式内社(小)、旧郷社。主祭神:久久美雄彦神【関係氏族】健部資料によると、創立年代は未詳。承和5年(838)8月7日従五位下「続日本後紀」。当地には、不破関から養老山脈東麓へ抜ける古道が通っており、古代における交通の要衝であったという。古代健部(軍事集団)と何らかの関わりがあったと思われるが不詳。祭神・久久美雄彦神がどのような神であるのか、以下の説がある。当地は南に養老山、北西に伊吹山を望む場所にあり、伊吹山の伊富岐神社と関連があるものとし、伊富岐神社の祭神・多多美彦命と同神とする説。当社とほぼ同緯度の北方に南宮大社が鎮座します。伊富岐神社、南宮大社ともに製鉄(製銅)鍛冶氏族である伊福部氏が奉斎していたとされる社。当社もその一つという見方もできるかと。これとは別に天戸辺尊の分身である久久美穂彦神という説を挙げているのはWiki。出所は不明。資料が無く不明の神ですが、天戸辺尊は大戸辺尊のことではないかと。神代七代の第五代の神。「集落の狭い通路には防壁の守護神がいるとされ…」(Wikiより)、当地は「不破関」から「養老山」東麓へ抜ける古道があったとされることからのものではないかと考える次第。当社は、昔は東向きに鎮座していたが、当社の神が馬を嫌い、社前の道を通る馬を落馬させたため、南向きに変えたという伝承があるらしい。とあります。参考として、古代における「健部(たけるべ、けんぶ)」とは、大和朝廷から各地に配置された屯田兵のような軍事集団であり、武力をもって地方を統治し、軍役の任に当たったと考えられます。その名の通り、強力な腕力や勇猛さを持つ人々で構成され、中央の権力から委任された役割を担っていたと推測されます。\ufeff著名な建部氏としては、日本の古代氏族の一つである建部氏がある。日本武尊の名代部(ヤマトタケルノミコトを奉斎する軍事的部民)で、倭建尊から建部を正字とする。『日本書紀』の景行天皇40年是歳条 や『出雲国風土記』出雲郷条 に天皇の勅によって定められた旨の記述がある。古代大和朝廷から各地に配置された屯田兵のような軍事集団であったとされる。とあります。