階段を上がり線路を渡る、大友皇子祀る神社。
若宮八幡神社の特徴
若宮八幡神社は、鉄道と神社が織りなす独特の立地にあります。
手水舎の木彫りの龍は、ここでしか見られない貴重なものです。
大友皇子を祀る神社は、全国的にも珍しい歴史的なスポットです。
若宮八幡神社は、駐車場から階段を上がり、線路を渡り、階段を少し登ると、若宮八幡神社に到着しますよ。新緑が綺麗でしたよ。松尾山眺望地に行く際には、若宮八幡神社の゙中を通って行けますよ。
参道に線路が横切るつくりにっており、ユニーク。御賽銭箱は踏切手前の鳥居前にあります。
駐車場から、鳥居をくぐり、急な階段を登る先に、踏切、線路、電車が通過その先に神社神社を横切る電車珍しい光景。
大谷吉継の陣、墓、松尾山眺望地に行く時に若宮八幡神社を通って行けます。駐車場もありそこに止めて歩いて途中、踏切がありそこをすぎたら若宮八幡神社につきます。
神社に行くのに線路を渡る。とってもユニーク(^^)な場所見晴らしも良いです参道前に駐車場あります。
階段を登って踏切の先にある神社右手の脇道を行くと名将大谷吉継の墓へ繋がる若宮八幡宮なのに主祭神が大友皇子。
4/25参拝東海道線がすぐ前を走る楽しいところ手水舎の龍が木彫りとは珍しいちょうど特急が通過した。
大谷吉継の墓へ行く途中にある神社です。神社へ行く途中には、珍しいのかな?人専用の踏切があります!
若宮八幡の若宮は八幡神・応神天皇の皇子・仁徳天皇あるいは新宮の意味で八幡神自身を指すことが多いのですが、ここでの若宮は天智天皇の皇子・弘文天皇とされています。岐阜県では近くの藤下若宮八幡神社と同じく弘文天皇(大友皇子)を主祭神とする数少ない神社です。
| 名前 |
若宮八幡神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 評価 |
4.0 |
| 住所 |
〒503-1542 岐阜県不破郡関ケ原町町山中字了願寺32番地の1 |
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藤下と共に2024年5月上旬、レンタサイクルでの関ヶ原探訪の際に参拝しました。階段上がり、鳥居を越えて、JR東海道線を渡り拝殿に辿り着きます。当神社から奥に進むと大谷吉継の陣地やお墓に行くことができます。こちらは藤下地区にある八幡神社と共に壬申の乱で敗れた大友皇子を御祭神として祀っています。設置されている駒札には—————————————————————若宮八幡神社由緒記鎮座地 関ヶ原町大字山中字了願寺32番地の1旧社格 指定村社御祭神 第三九代弘文天皇(大友皇子)例祭日 第一日曜日由緒創建年紀は不詳であるが、御祭神は他の若宮八幡神社とは異にしている。当地は壬申の乱(672)の勃発時には、大友皇子の戦線内にあった。そのために恐らく大友軍に関りを持たざるを得なかったに相違ない。従って、乱以後同天皇を祭神とする祭祀が始まったものと推測され、往古から当地区の氏神として、崇敬の念珠に厚いものがある。なお元禄以前の棟札が現存しないのは、関ヶ原合戦時の乱によるものであろう。〔神社明細帳」ー付記ー一、寿永元年(1182)、新中納言平知盛社領一貫文寄付。〔古伝)一、寿永2年(1183)、源義経2万余騎上洛の途上、西海合戦勝利祈願のため参拝。(古伝)一、慶長5年(1600)、関ヶ原の戦いの際・大谷吉継(合戦直前に吉隆と名乗る)当宮上(古くは山中城とも)に布陣。善戦の末自害。〔古伝〕————————————————————-とあり壬申の乱、関ヶ原の戦いいずれも天下分け目の戦いに絡んだ地にある神社です。