村野藤吾の祈りが宿る聖堂。
カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂の特徴
村野藤吾が設計した重要文化財、圧巻の教会です。
原爆の瓦礫を使った建物が歴史を感じさせます。
静寂に包まれた神聖な場所で心安らぐひとときを。
この聖堂は、原子爆弾の犠牲者の追悼と慰霊のために、また世界の人々の友情と平和への願いが込められ、建てられました。設計は、建築界の巨匠、村野藤吾氏。1954年8月、完成。力強い意志と、優しさと祈りを感じる素晴らしい聖堂です。平日の朝に訪れましたが、入口左のガラス扉から入り、内部の見学もできました。
早朝の見学は幸運にも貸切状態だった。前から見たかった戦後建築の名作の一つで、いざ対面して一番気に入ったのはドイツから寄贈された銅扉であった。「世界最初の原爆の犠牲となった人々の追憶と慰霊のために建てられた東洋有数のカトリック聖堂。被爆ドイツ人神父フーゴー・ラッサール(帰化日本名・愛宮真備)師の発願で、全世界のカトリック教徒をはじめ、内外の浄財約一億円で建立、昭和二十九年(一九五四)八月六日に献堂された。設計は日本の近代建築学界の権威、村野藤吾氏。重厚さと気品にあふれた中世僧院風のカテドラルは、原爆死没者の数にちなんで被爆地の土で焼いた二十四万個のれんがを積み上げて建てられた。ドームには鳳凰を配し、ステンドグラスは松竹梅をデザイン化するなど日本古来の伝統建築と西欧古典様式を巧みに融和させた”村野建築”の代表作の一つ」(『広島県文化百選 4 (建物編)』中国新聞社)。
巨匠村野藤吾氏の作品です。流石というか、優しく包み込んでもらうような雰囲気のある教会でした🙏
重要文化財にも指定されている村野藤吾の荘厳で見応えのある建築です。中は撮影出来ませんが、見学出来ます。敬虔な気持ちにはなります。
原爆犠牲者への追悼と世界平和祈願を目的に建設されたキリスト教の教会です。広島にあって原爆犠牲者の追悼というと、気が引き締まる感じがします。この教会は、広島で被爆したラサール神父が、ローマ教皇をはじめ世界中の人々の協力を得て、原爆投下5年後の1950年8月6日に着工、4年の歳月をかけ1954年8月6日に落成し「世界平和記念聖堂」と名付けられました。聖堂は全長57メートルで、東端に花弁形平面のドラムを建ち上げ、 北側西寄りに高さ45メートルの鐘塔を建てています。平面は東方を内陣とした三廊式バシリカ会堂です。バシリカとは、古代ローマ時代に裁判所や商業取引所とされた長方形の建物で中央の広間が周囲の回廊より高くつくられ、高窓から採光する西洋中世の教会堂形式のことです。教会の前には、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の銅像とメッセージがあります。戦争は人間のしわざです戦争は人間の生命の破壊です戦争は死です過去を猿り返ることは将来に対する責任を狙うことですヒロンマを考えることは核戦争を拒否することですヒロシマを考えることは平和に対して責任をとることです。
重要文化財(2006年)設計:村野藤吾・近藤正志施工:清水建設竣工:1953年被爆し損壊したカトリック教会が再建されたもの。コンクリート打放しの柱と梁の枠組みにセメントレンガをはめ込んだ真壁風の外観が特徴。内部はロマネスク風の簡素さと粗野さを併せ持つ空間となっている。州浜形の窓や、粗野なセメントレンガ、入口上部の彫刻など、随所に手作り感の強いディテールが見られる。
JR広島駅 南口から徒歩10分。コンクリート打ち放し柱梁とレンガの外壁が特徴的な、キリスト教の聖堂です。世界的に有名な建築家である村野藤吾が設計をしたことでも知られています。聖堂内は撮影・飲食が禁止されています。
とても雰囲気の良い立派なカトリック教会です。私は信者じゃないので、教会のことは良くわかりませんが、信者の方がミサに参加してとても良かったと感激していました。
あまり知られていないようだが、素晴らしい。広島駅から徒歩圏内であるし、ぜひ訪れてほしい。
| 名前 |
カトリック幟町教会 世界平和記念聖堂 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
082-221-0621 |
| 営業時間 |
[月火水木金土日] 7:00~20:00 |
| HP | |
| 評価 |
4.6 |
| 住所 |
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内部撮影禁止 なので投稿に内部写真あるのは規則違反和洋折衷 屋上ドームの上に鳳凰像があるので絶対見てほしい これが建築家がこの教会に込めた祈りの結晶だから。