犬居城跡の歴史を登ろう!
犬居城跡の特徴
犬居城跡は鎌倉時代中期の山城で、遺構が豊富に残る場所です。
行者山の頂にあり、静岡県指定史跡として知られています。
登山口からは約20分で、見晴らしも素晴らしいスポットです。
春野ふれあい公園に駐車させてもらいました。歩いて登城口まで向かったところ登城口付近で地元のかたに「城に登ったら、戻ってこなくても公園のほうに下りられるよ」と、伺い公園のパターゴルフ場の奥の方に下りることが出来ました。したがって公園から登ることも可能です。登城口の駐車スペースが狭いのでおすすめかもしれません。
犬居城跡は、南北朝時代から戦国期にかけての歴史を今に伝える山城跡で、険しい地形を巧みに利用した縄張りに当時の緊張感が残ります。土塁や曲輪の痕跡をたどると、国人領主たちがこの地を巡り攻防を重ねた背景が想像でき、歴史好きにはたまらない魅力。木々に包まれた静かな環境の中で、遠い時代の息遣いを感じられる貴重な史跡です♪
まあまあ急勾配の山道を30分ぐらい登っていくので、いい運動になります。展望台からの眺望は開けていてとても素晴らしいです。犬居城の御城印は春野いきいき天狗村にありました。
焼津から自転車で4時間で到着しました。登山道から山頂までは徒歩で12分標高は290メートル犬居城とは関係なさそうな仙人風石像があります。制作年月日とか詳しいことは書かれてません。展望台からは気田川や街並みを眺められます登山道を歩いている時変わった石が散らばってました。中が黒っぽくて焦げたような見た目珍しいのかな。
遠江の国人、天野氏の居城。天野氏は鎌倉末期、新田義貞の鎌倉攻めに参加、後醍醐天皇に従い、南朝に属した。戦国時代では、今川氏傘下の国人として、各地の合戦に参加。外交面においても、信州伊那の国人遠山氏の武田氏への帰属をめぐり、武田と同盟関係にあった今川方として、武田への仲介を担った。桶狭間の戦い後、氏真の下、天野景貫が惣領家を継ぎ、今川に従っていたが、武田、徳川が遠江に侵攻を始めると、主に武田氏に与し、徳川の侵攻を退けた。長篠の戦いの後、武田が遠江の戦線を維持できなくなると、徳川の侵攻に抗しきれず、甲斐に落ち延び、その後武田が滅びると北条氏照を頼り配下となった。登城口に車を停め、15分程、長い坂を登り続けると本丸に到着。
今川、徳川、武田と色んな勢力を渡り歩いた天野氏の居城ハイキングコースを20分ほど登ると東曲輪前にある横堀のような堀切が見えた本曲輪や先にある物見曲輪は整備されていて藪もあまりなかった。物見曲輪にある展望台からは古いが街並みを一望できた。ただし二の曲輪およびその下の曲輪は藪に覆われており確認が難しかった。案内板に記載がある井戸曲輪までは到達することができなかった。
2023/7/22すずしい風が吹いていていい気持ちでした。暑かったので水筒は必要かと思います。
バイクを停めて、わずか600mの山登りをするのですが、おじさんには、ちとキツかったですwww
2022/1/16 犬居城跡駐車場情報とハイキングコースマップ作っちゃいました(写真参照)1:秋葉神社前駐車場(無料)、トイレあり2:ショートルート駐車スペース(無料)、トイレなし1.秋葉神社前からなら往復2時間程度(休憩含む)のロングコース。神社前の駐車場、もしくは河原に降りた場所にも駐車可。2.最短往復40分程度(休憩含む)で登ることのできるショートコース。但し駐車場はないため山側の道から入ったスペースに置かせてもらうしかない。谷側にも車一台分のちょっとしたスペースがあるけど横が崖なので駐車は危険。私達は城跡マニアではないので歴史的観点で城跡に訪れることはなく、密にならず、自然を楽しめ、短時間、景色がよければ文句無し。春野の景色をのんびり眺められる点ではここは最高。城跡についての看板も設置されているからプチ知識も得られ楽しいよ。今日は最短ルートで登ってみたけど次回はキャンプしながらお弁当持ってロングルートで歩いてみたい!
| 名前 |
犬居城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[土日月火水木金] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.6 |
| 住所 |
〒437-0625 静岡県浜松市天竜区春野町堀之内437 字犬居 |
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静岡県浜松市天竜区にある犬居城(いぬいじょう)は南北朝時代に北遠地域を代表する国人領主・天野氏によって築かれた山城です。詳細な理由は以下の通りです築城主・時期:鎌倉時代に山香荘『現在の春野町付近』の地頭として 入部した天野氏が南北朝時代以降に築いたとされています。⦿目的・立地:標高290mの鐘打山にあり、天野氏の居城(本城)として、気田川流域や周辺の交通の要衝を押さえる役割がありました。⦿城の変遷:戦国時代には、今川氏、のちに武田氏に従属し、武田流の改修(空堀や横堀の設置)を受けました。1576年、徳川家康の遠江侵攻により、落城、天野氏の拠点としての役割を終えました。現在は、『犬居城跡』として、明確な遺構が残る静岡県の史跡となっています。