唐津くんちの賑わいと、心地よい雰囲気。
京町アーケードの特徴
唐津くんちや春期例大祭で賑わう、活気ある商店街です。
Yuri on ICEの曲が流れ、落ち着いた雰囲気が漂うアーケードです。
ほっとする空間が広がり、訪れる人々を癒す場所です。
まだまだ現役の商店街。町おこしの努力が伝わります。
たまーにブラブラします。
唐津くんち・春期例大祭の時は、特に賑わう。
噂通りアーケードにうっすらとYuri on ICEの曲がかかっている。日曜に行ったところ、開いていないお店が多かったが、一部で有名な虎のパーカーは衣料品店にわかりやすく置いてあった。商店街の活気を感じたいなら平日がいいかもしれない。
落ち着いた感じの雰囲気の良いアーケード街。
どこかほっとする雰囲気の商店街。アニメ「ユーリ on ICE」の作中に登場する商店街のモデルになっていますが、BGMにサントラを流してくれていたり、ポスターやディスプレイを作中にあわせてくれていたり、聖地巡礼ファンを歓迎してくれているのが好印象です!
| 名前 |
京町アーケード |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
|
|
ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
|
周辺のオススメ
京町商店街(きょうまちしょうてんがい)は、JR唐津駅の北東250mほどの唐津市京町にある市内唯一のアーケード商店街です。江戸時代から唐津の商業の中心で、昭和時代にアーケードができて、平成13年(2001年)にはリニューアルされました。現在はシャッターも多いですが、170mほどの長さに約20店舗が軒を並べています。地域の伝統や文化を体感できるイベントが多く開催されていて、特に有名な「唐津くんち」では、豪華な曳山が商店街を練り歩き、地元住民や観光客で賑わいます。唐津くんち12番曳山の京町『珠取獅子』は、明治8年(1876年)に制作されました。獅子が朱珠にしっかり爪をくい込ませて乗る形態が特徴の曳山です。「珠取獅子」は一般的には前足の片方で珠を押さえる形態であるため、この十二番曳山「珠取獅子」のように四本足で珠の上に乗っているのは珍しいです。獅子は全体が緑色に塗られ、渦巻模様の毛並み部分は金箔押しと本体と同色の緑色で交互に塗るシンプルな色相構成と筋肉を思わせる表面の曲線により、力強さ、逞(たくま)しさが見られます。珠は全体が朱色で塗られていますが、真ん中水平方向に二本の金箔押しが施されています。制作当初は本体内側から幕を吊っていたようですが、いつのころか八角形の幕吊り枠を取り付け、円形の珠を強調するようになりました。四足で珠に乗る姿は、19世紀の唐人町御茶盌窯の後期唐津にもみられる意匠ですが、細工人・富野淇園はより一層卓抜な造形を造り上げています。町田川に架かる大橋、札の辻橋を渡れば、札の辻惣門と呼ばれた門構えがありました。現在の札の辻公園あたりです。この門口から西の横町筋が「京町」です。小笠原時代、天保頃の唐津藩大坂御蔵元として名が見えるのは「大根屋小兵衛」、「長崎屋平右衛門」ですが、京町には「御蔵元京町出張手代」と呼ばれた大根屋、長崎屋がありました。また、京町には九州の豪商として大坂あたりにまで名の知られた日野屋、常安家がありました。安永~寛政頃に事業を営んだ常安九右衛門は神集島の鰯(いわし)の大敷網(おおしきあみ)で財をなし、呼子小川島で鯨組主中尾家の中尾甚六と一緒に捕鯨業にも乗り出して富を得て、大宰府天満宮に青銅製の鳥居を寄進しています。その名は伊能忠敬の測量日記にも記録されています。文化年間の町の規模は、50軒、114人です。京町の入り口札の辻橋は内町と外町を結ぶ唯一の大橋でした。明治31年(1898年)に鉄道が敷設され、なお一層繁栄したといいます。札の辻公園地はかつて藩の御用地でした。土井時代には町奉行の役宅でありましたが、明治3年(1870年)に唐津藩医 保利文亮によって医学館橘葉医学館が建てられました。明治9年(1876年)には公立唐津病院となりましたが、大名小路に移転し、明治20年(1887年)には郵便局が設けられています。