日本最古の寺、歴史を感じる。
太子山 向原寺の特徴
日本最古の寺の跡に位置し、歴史を感じられる場所です。
推古天皇の宮跡が残る特別な寺院です。
美しい仏像が記憶に残る貴重な文化財があります。
親戚の物部氏に反対されながらも、日本に仏教を入れた蘇我稲目が自宅に献上された仏像を祀り始めたとされる日本最古の寺。稲目の子孫は蘇我馬子、聖徳太子、田中足麻呂、天武天皇、長屋王、持統天皇、田中多太麻呂、坂上田村麻呂、伊予親王、高岳親王、高見王、平高望、小野小町、清少納言、菅原道真、藤原道長、道元、千利休、奥州藤原氏、源頼朝、豊臣秀吉、徳川家康です。天皇争いで冤罪に巻き込まれ他界した先祖が多数おり、蘇我氏を冤罪に陥れた鎌足の子孫とも縁組みし、子孫の多数が仏門に入りました。田中浄人は造西寺長官として日本に寺を建てる部署にいました。彼は冤罪遺児、宮人田中氏の親元になり、子孫が嵯峨源氏、清和源氏となります。浄人の妹中臣豊子(幼名田中吉備)の曾孫が平高望で桓武平氏となります。豊子の兄豊国の子孫が藤原道長です。豊子豊国の子孫が豊臣秀吉です。彼らの名前の豊は豊浦から来ています。聖徳太子は仏教は元々ひとつという考えのため、蘇我本家が滅び、後を継いだ田中総本家は宗派を色々と変え、田中町から平松や京都に移し今は秋田横手の田中町に菩提寺があります。
向原寺日本最古の縁起を持つ蘇我氏ゆかりの寺1400年の歴史を今に伝える、奈良・飛鳥。日本最古の縁起をもつ向原寺(こうげんじ)。552年、蘇我稲目(そがのいなめ)の自宅である向原の家(むくはらのいえ)に仏像をまつったのが、始まりとされています。境内には、飛鳥最古の都、豊浦宮(とゆらのみや)の遺構が眠り、その頃の石敷きが発掘されています。推古天皇や聖徳太子、蘇我馬子も行き来したとされる豊浦宮。耳をすませば、飛鳥人のささやきが聞こえてくるかもしれません。
江戸時代に建立された寺院。日本最古の縁起をもつ豊浦寺の金堂、講堂と見られる礎石建物の一部と、その下層から石敷を伴う掘立柱建物などが見つかった。石敷舗装は飛鳥時代の宮殿の特徴で、推古天皇が即位した豊浦宮ではないかと考えられています。この石敷の一部を見学させていただきました。ご住職はご不在でしたが、奥様が色々ご説明くださいました。貴重な遺跡を管理保存されている尽力には感謝です。また、豊浦宮は新たに造営されたのではなく、蘇我氏の邸宅の一部を転用したと考えられています。
推古天皇の豊浦宮のあった場所日本最古の尼寺である豊浦寺の講堂遺跡が境内に保存、公開されています。遺跡脇にある枝垂桜が綺麗でした。歴史としては552年 蘇我稲目により百済より送られた仏像を向原の家に祀り、寺としたことから始まる。その後廃仏派の物部氏らに焼き払われる。581年桜井寺として再建。尼寺となる。603年豊浦宮跡に移され豊浦寺となり、飛鳥五大寺に列せられる。平安時代ごろから衰退し、現在のお寺は江戸時代に向原寺として新たに建立され引き継がれたもの。周辺は住宅街なので、あすか夢の楽市の駐車場に車を停め歩いていきました。
浄土真宗本願寺派本願寺(西本願寺)の寺院で太子山 向原寺(こうげんじ)です。本尊は阿弥陀如来です。その境内地は1400年以上の歴史を有する夢多い場所です。欽明天皇の時代に百済から日本に、仏像、経典が献上されて、その安置場所に崇仏者の蘇我稲目の邸宅の向原(むくはら)の家を寺として祀りました。その後、疫病、飢饉が起こり、廃仏派の物部尾輿、中臣鎌子により寺は焼かれ、仏像は難波の堀江に廃棄されました。推古天皇はこの地に宮を移し、聖徳太子を摂政として政治をされ、十七条憲法を成立されて、飛鳥時代の文化が花開きました。その後、都は移され、跡地に豊浦寺が金堂、講堂等を完備した大伽藍が創建されたそうです。都が平城京、平安京と遠方になるにしたがい、大伽藍も飛鳥の地から姿を消して、面影も無くなってしまいました。発掘調査と共に飛鳥時代の遺構や遺物が発見され、往時が偲ばれます。難波の堀江に捨てられた仏像ですが、推古天皇の時代、信州の本田善光が堀江の近くを通った時「善光、善光」と呼ぶ声により仏像を発見して、大切に持ち帰り、安置したのが長野の善光寺です。仏像は釈迦一光三尊像とされていますが、秘仏で誰も見たことは有りません。日本文化の1ページを飾った場所です。これからも発掘が進み歴史が新たに証明される場所です。大切なしたいです。
明日香村周遊バスで、豊浦バス停下車です。バスを降りたら、橿原神宮前駅方向へ歩きます。ちょっとした坂を上がって左に曲がります、そこからほんの数分でお寺の前につきます。現在、浄土真宗のお寺ですが、聖徳太子遺跡12番所なので、その御朱印がいただけます。飛鳥寺は現存する日本最古のお寺。向原寺(こうげんじ)は日本最古の由来を持つお寺。向原寺さんは、日本最古のお寺があった場所に再建されたお寺との事。向原寺さんの下には、ふたつのお寺と宮殿の跡が重なりあっているそうです。本堂の左側から、発掘中の穴を見る事ができました。堂内の拝観が出来るとの事でしたが、当日は寺用がある為、拝観は出来ませんでした。この地の最初のお寺、向原寺(むくはらのてら)の御本尊が現在信州長野の善光寺の御本尊になっている事が不思議な感じです(諸説ありますが)。善光寺如来が投げ捨てられた、難波の池も近くにあります。
采女の袖吹き返す明日香村風は、古京となった飛鳥宮跡を詠んだ歌だが、こちらのお寺界わいは、飛鳥は飛鳥でも、さらに古い豊浦宮ゆかり。明日香村のすごみを思わざるを得ない。
日本最古の寺の跡にあるお寺。色々と空想が広がる空間でした。
地元です静かで良い所です。
| 名前 |
太子山 向原寺 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 電話番号 |
0744-54-2512 |
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 8:30~17:00 |
| HP |
https://www2.nhk.or.jp/archives/michi/cgi/detail.cgi?dasID=D0004990755_00000 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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近くに何箇所か駐車場はありますが、有料のため、明日香夢の楽市から歩いてください。🚶御朱印を頂きたかったのですが、無人。🤥