赤城山を背にした歴史深い神社。
赤城神社(田島)の特徴
赤城山を背景に、豊城入彦命を祀る神社です。
境内には七社があり、多様な神々が祀られています。
富士見町田島の古い歴史が感じられる場所です。
群馬縣管下上野國南勢多郡田島村字遠廻リ五八六 村社赤城神社御祭神 豊城入彦命 保食命 市杵島姫命 御穂須々美命境内末社 七社大山祇神社(大山祇命) 琴平宮(大物主命) 八坂神社(素盞嗚尊) 菅原神社(菅原道真公) 八幡宮(譽田別尊) 大國神社(大國主命) 湯殿神社(保食命)由緒昔時本村各所ニ鎮坐アリシヲ明治十年(1877)十月赤城社ヘ相殿トス大正七年(1918)四月十九日明治三十九年(1906)勅令第九十六號ニ依リ神饌幣帛料供進神社トシテ指定セラル(「上野国神社明細帳」参照)富士見町田島の歴史は古く、江戸時代頃からある地名で、寛永十二年(1635)から前橋藩領でした。明治二十二年(1889)市町村制が施行され、田島村は近隣13村と合併し南勢多郡富士見村大字田島となりました。同年、村役場が原之郷から移転してきて以来、地域の行政上の中心と位置付けられました。明治二十九年(1896)東群馬郡と南勢多郡が統合し、勢多郡富士見村大字田島となりました。平成二十一年(2009)富士見村が前橋市へ編入合併し、群馬県前橋市富士見町田島となっています。田島の赤城神社の鳥居は明治十一年(1878)歳次戊寅四月吉日造立です。鳥居の傍に「秋葉宮」と「石尊宮」の石燈籠があります。秋葉宮の石灯籠は文化六己巳年(1809)、石尊宮の石灯籠は寛政十二庚申年(1800)の造立。石尊宮石燈籠は高遠藩石工によるものです。社殿後方の「秋葉大権現」石碑は天保二辛卯年(1831)十一月大吉辰の造立。社殿左後方の三基並んだ石祠は、左から「菅原神社」文化九申天(1812)六月大安日、中央は「八坂神社」、右が「八幡神社」文化九申天(1812)六月吉祥日の造立。三基並んだ石祠の手前にある石燈籠は文化九申年(1812)九月の造立。三基並んだ石祠の右後方に元禄五壬申年(1692)造立の供養塔があります。境内の右後方、用水路の側にある「水神宮」は明治二十七年(1894)六月吉日の造立です。
| 名前 |
赤城神社(田島) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0279-52-3489 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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赤城山がすぐ後にあり、南方面を向いて鎮座しています。関東平野を見下ろしている。日差し最高です。