静かに鎮座する葦船神社。
葦船神社の特徴
境内には多くの猫がいて、独特の雰囲気を醸し出しています。
ヒルコノミコト(エビス大神)の伝説が息づく歴史的な神社です。
装飾や色彩が異質で、訪れるたびに新しい発見があります。
もともと、水子信仰の神社のようです。葦舟とは、記紀神話(古事記・日本書紀)で、不完全な身体として葦船に乗せられ流されたヒルコ(日留子命/蛭子命)に由縁するようです。もともと、廃絶気味であった神社を再興したようです。境内社ではあるようですが、ちょっと離れたところにあり、参拝する人はそれほど多く無いようでした。七福神の福禄寿と寿老人が祀られていました。
葦船神社の御祭神は、水子を守護する蛭子と、冥界を守護する大国主命。古事記の蛭子神話から、恵比須言仰に結びつき、やがて水子を祀ることは、一家の繁栄を安泰に繋がる、と考えられるようになった。かつて大杉神社では、近隣で誕生した子どもを7歳まで「神の子」として神社の籍に登録する慣わしがあった。幼児死亡率が高かった時代、あの世に攫われないように、との切実な思いからだろう。伊弉諾と伊弉舟の最初の子である蛭子は、葦船で海の彼方へ流されてしまったが、やがて海の彼方から宝物を携えて帰って来る、とも考えられた。これが「宝船」の原型のひとつとなり、また「幼くして亡くなった子が、別のかたちで帰ってくる」という生命再生信仰に結びつく。葦船神社は「亡くなった子どもへの思い」を癒すお社なのである。亡くなった子の供養を算船神社で続けることは、一家の繁栄・金運をもたらすことにもつながる。2025 巳年 大杉神社へGO!より。
大杉神社です(18/01/04)。新しく再建された神社で大杉神社の北側に鎮座する葦船神社です。新しく建てられた水子供養の神社、蛭子命(ヒルコノミコト)を祀ってます☝️蛭子命は別名を恵比寿様と呼ばれています。
大杉神社さま御参拝の折、御参り。七福神の恵比寿様(エビス大神)はコチラでしたのね。社殿の前には七福神像の「福禄寿さま」と「寿老人さま」が鎮座されてます。葦船神社というお名前の神社はこちらが初めてだったこともあり、帰宅してからネット検索で由来など調べました。数え7歳にいたらずにこの世を去ってしまった子ら「水子」を供養するために祭った神社が「葦船社」だそうで、水子供養の、といっても昔は「数え7歳までに儚くなった子」を神のもとに帰った「神の子」として葬式をせずお祭り(もとい「お祀り」)したのだそうで、その原型の神様の別名が「エビス大神」だそう。(気になったかたは是非ともネット検索ね!)
境内から奥に離れてございます。
神仏習合で?神社が水子供養なんだと思います。赤い鳥居が華やかに見えますが…。水子供養施設です。m(_ _)m
令和元年5月20日参拝。大杉神社の境内社です。ちょっと離れた場所に鎮座しています。水子供養の神様のようですが、社殿はかなり地味な建物でした。
猫いっぱいいた。
父イザナギノミコトと母イザナミノミコトの第一子であるヒルコノミコト別名エビス大神は、不具であったため葦の舟に乗せられ海に流されたという。その後、父母のために富を宝船に乗せて帰ってくるという伝説があり、恵比寿像は必ずと言っていいほど宝船に乗り小脇に鯛を抱える図で描かれている。 こうした伝承もあり、水子を祭ることは一家の繁栄と安泰をもたらすとして、 江戸時代には多くの地域から大杉神社境内の葦船社に参詣したそう。 その葦船社を再興したものが葦船神社。御祭神は、水子を守護する蛭子命と冥界を守護する大国主命ということです。お社のなかに塔婆があったので不思議に思っていましたが、水子を祭る神社だったんですね。古事記などにもイザナギとイザナミの第一子は不具者で葦の船で流したとありますが、その後の事はかかれていません。神仏集合の時代に造られたお話なのだと思います。
| 名前 |
葦船神社 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
3.9 |
| 住所 |
|
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大杉神社の奥、次郎杉へと続く道の途中に静かに鎮座する葦船神社(あしふねじんじゃ)です。ここは幼くして亡くなった子供や水子の魂を守り、供養するための特別な場所です。本殿のきらびやかで活気ある雰囲気とは一変し、この周辺は木陰に包まれ、少し暗くひっそりとした厳かな空気が漂っています。昔は「七歳までは神の子」として、亡くなった幼子をここにお祀りする風習がありました。神社名も、日本神話で不遇の命だった水蛭子が葦の船で流され、後に福の神・恵比寿様になった伝説に由来しており、我が子の幸せを願う親の深い愛情が込められています。ひんやりとした静寂の中で優しい祈りに包まれており、大杉神社が持つ信仰の奥深さと懐の広さを強く感じる神聖な空間です。御神木の次郎杉を参拝する際に、ぜひ併せて立ち寄ってみてください。