戦時中の飛行場跡地、児玉の歴史を体感!
「児玉飛行場之跡」碑の特徴
埼玉県児玉郡に残る太平洋戦争の遺跡です。
かつて陸軍の児玉飛行場があった場所です。
広大な土地が利用されている工業団地です。
児玉飛行場は、埼玉県児玉郡児玉町・上里町にあった陸軍の飛行場です。映画「日本のいちばん長い日」に登場します。現在は児玉工業団地となっています。ここから帝都防衛の戦闘機が出撃していました。
今は児玉工業団地になっていて、ずいぶん広い土地が利用出来たんだなと思っていたら、戦時中の飛行場跡だったのですね。ここから西に2km位先にある、宝蔵寺のマキの大木(上里町指定文化財)は、戦時中、児玉飛行場(今の児玉工業団地)の飛行機の発着に支障をきたす為、上部を短く切られた経緯あるそうです。ここの碑以外は目立った飛行場の形跡はありませんが、200m位北西にある立野南公民館は当時の兵舎を流用したものだそうです。
以前は練習機があったようです。
太平洋戦争遺跡。児玉工業団地のほぼ全域が飛行場の跡。当地には石碑や爆弾遺物がある。また、数百m西にある立野南公民館は当時の兵舎を流用したものと伝わる。
| 名前 |
「児玉飛行場之跡」碑 |
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| ジャンル |
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| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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児玉飛行場は昭和18年に完成し、10月から熊谷陸軍飛行学校児玉教育班として使用を開始した。19年4月には学徒動員の特別操縦見習士官二〇〇名が入校し、児玉教育隊と改称、三ヶ月の短期間に操縦教育を終了し、特攻隊要員として第一線部隊に配属された。 同年10月児玉基地と改称、第一四四飛行場大隊が配置され、各分科飛行部隊及び特別攻撃隊の基地となって帝都の防衛、硫黄島攻撃、或いは太平洋近海を遊弋する敵機動部隊に対する攻撃等、重要航空作戦に任じた。道路沿いに飛行場跡の石碑と児玉飛行場跡から出土の爆弾破片が設置されています。