隠れた造化の神、魅惑の高瀬神社。
高瀬神社(守口市)の特徴
高瀬神社は祭神の天之御中主神が祀られた貴重な神社です。
境内は大木に囲まれ、鬱蒼とした自然が魅力の神社です。
行基がかけた高瀬大橋に由来する歴史深い神社です。
天之御中主神(あめのみなかぬし)を祀っておられますが、万物の根源と言われる、高御産巣日神(たかみむすび)神産巣日神(かみむすび)との三柱の一神だそうで、祀っている神社は少ないらしいです。謎が多い神社です。昨年(令和5年)の台風で被害甚大で、改修のための寄付をお願いするお知らせがありました。一口3000円です。
樹齢250年を優に越える御神木があります。古くからある神社さんです。天之御中主神がお祀りされています。空気感がとても好きで、恵方参りによく訪れます。
守口史の保護指定を受けている、境内の樹木は素晴らしく樹勢を感じられるが、社殿などの建築物には手入れが必要。由緒によると1300年の歴史を保つ神社である。南北朝・石山合戦の動乱期に焼失、江戸中期に再興される。現在の社殿は当時のものである。
行基がかけた橋高瀬大橋があったとされています。京街道の名残がこの神社だとか。
少し古い感じの趣のある神社。御朱印は無いようでした。
戦前の大阪砲兵工廠(今の大阪城公園のところにあった大砲などの大工場)に勤めていた人?が、日中戦争開戦の前年に退職した時に記念に奉納したらしき砲弾型の碑があります。
天之御中主神をまつる式内社。歴史は古いらしいが、落魄の趣きがただよう中、かつての神域に多数あったであろう巨木が数本残る。説明書きがない砲弾がどどんと鎮座している。
式内社で旧社格は村社、主祭神は天之御中主神、創建は不明(西暦8世紀前半)社伝では聖武天皇の勅旨願により行基が高瀬里に鎮座したものとされる、但し主祭神の天之御中主神は当時の主神天照大神よりも古い神である事からもう少し時代を遡るとする説も有る。
おおい被さるような木々につつまれる境内。静かにお参りできる空間。駐車場は直ぐ近くにコインパーキング。
| 名前 |
高瀬神社(守口市) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
06-6996-4808 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 24時間営業 |
| HP |
http://osakadai3shibu.kilo.jp/jinja/moriguti/jinja/takase.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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高瀬神社(たかせじんじゃ)。大阪府守口市馬場町。式内社(小)、旧村社。主祭神:天之御中主命【祭祀対象】本来は川を祀る【関係氏族】津守氏 高瀬氏当社所在地の“高瀬”を名乗る“高瀬氏”の祖神というのが妥当と思われる。当初は川・津の守護神を祀ったのが始まりで(津守氏)、多分に水神的神格を有する神だったのであろう。資料によると、往古は淀川はこの辺りを北上しており、その名も高瀬川と呼んでいたとされ、高瀬川の沿岸近くあつたものと思われる。元亀・天正の戦乱で焼失しその後現地に遷座とする説もあるが不詳。この地域は旧河内湖の北岸にあたり、周辺には弥生時代の遺跡もあり、相当に古い時代からの産土神だったものと思われる。江戸時代に妙見宮や水天宮だった神社が明治の神仏分離により祭神をアメノミナカヌシとした例は多くあります。しかしアメノミナカヌシは観念的な神であるため、かつて妙見宮や水天宮だった神社でもなければあまり祀られることはありません(当社との関連は本来は川を祀る事か)。守口や門真は難波京の表鬼門(東北、艮)の地に位置するところから、当社も鬼門の守護神として尊重されて来たようである。聖武天皇の御代(724年即位)、行基が創建したといわれる高瀬寺が、その宮寺的存在であつたかと思われるが、応仁の乱で焼失し、その後は再興されていない。とあります。