豊臣秀頼が奉納した鳥居。
豊臣秀頼公奉納鳥居の特徴
1603年に豊臣秀頼が奉納した歴史ある鳥居です。
阪神淡路大震災で移動した上部が見どころです。
鳥居を前にすると感動がこみ上げてきます。
鳥居が埋まっている?阪神大震災でこの部分だけ移設したらしい。
太平洋戦争の戦火の跡、阪神淡路大震災の跡、平成7年1月17日から、この鳥居は時間が止まって見えます。
慶長八年(1603)に奉納され、阪神・淡路大震災までの400年間「大坂城の鎮守神」として存在したそうです。
慶長8年(1603年)に、豊臣秀頼が奉納した鳥居。鳥居の脚が切り取られたようになっているのに驚きました。阪神淡路大震災で損傷し、このような形で遺しているとのこと。
豊臣秀頼公が奉納した鳥居です阪神淡路大震災で損傷し、上部が現在の場所に移ったそうです。
1603年なら秀頼はまだ子供。だから実のところは淀殿が秀頼の名で奉納したのだろう。今は阪神大震災の傷痕を伝えてくれている。
(19/10/22)1603年(慶長8年)に豊臣秀頼公が奉納した鳥居です。阪神淡路大震災で一部損傷し上部、脚部に分け保存しています。
鳥居を見るたびに涙しか出てこない。
慶長8年豊臣秀頼に寄進された歴史のある鳥居。阪神淡路大地震で基礎が破損したため、境内の片隅にひっそりと展示してある。
| 名前 |
豊臣秀頼公奉納鳥居 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 評価 |
4.1 |
| 住所 |
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阪神・淡路大震災の影響で、ここに保存されているそうです。