神之山へ続く参道の秘密。
寛弘寺上之山城跡の特徴
上之山は神之山として知られ、歴史を感じる場所です。
鴨習太神社への参道があり、散策に最適な環境です。
近くには鴨習太ちびっ子老人広場があり、家族連れにも人気です。
「上之山」はカミノヤマと読み、本来は「神之山」と書き、現在の現河南町神山の地である。 上之山城は現在の鴨習太神社裏山一帯で、寛正三年(1462)六月三日、畠山義就が籠城する嶽山城を攻撃するため、畠山政長方の山名是豐配下、石見の益田兼堯が、長野から陣替えし本陣を置いた。しかし義成方の猛攻撃を受け、支えきれずに西山城の毛利豊元等と共に畠山政長が本陣を置く弘川寺城へ陣替えした。
| 名前 |
寛弘寺上之山城跡 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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鴨習太神社の参道階段の北側に向かう道を行くと、「鴨習太ちびっ子老人広場(すべり台とベンチしかない公園)」がある。公園のすべり台後ろの堰堤コンクリートのような道とも言えない通路を、この丘陵頂上を目指すように上方に向かうと、城塞跡らしき雑木林に到着する。頂上を目指すよう、ジグザグに登っても数分である。むろん、案内板も無ければ、道も全く整備されていない。到着した頂上付近にも、目立った遺構は何もない。ただ、この丘を切土した跡らしきものは、すこし注意すれば見えてくると思う。頂上付近のすぐ隣には、整地された作業場と小屋があるため、民地かもしれない。立ち寄る場合は、配慮が必要だと思う。自分の場合は、声掛けしようとしたが、誰もいなかったのでざっと見学し早々に立ち去った。ここに立ち、雑木林の木立を透かしてではあるが、現在の寛弘寺古墳公園をはじめ、寛弘寺西山城跡とされる墓地など、付近一帯の俯瞰が可能であった。たしかに、攻め入って来る敵を警戒するのには最適の場所だったと思う。