いなばの山、百人一首碑の詩。
在原行平歌碑の特徴
歴史的背景を知ることで、より深い感動を得られる場所です。
古今和歌集に収められた在原行平の歌を感じられます。
立ち別れ いなばの山の峰に生ふるの歌が刻まれた碑です。
百人一首の16番, 中納言行平のたち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む (古今集 離別)にちなむ碑。在原行平(アリワラノユキヒラ,818-893) は在原業平の異母兄。
車道と言いながらほとんど自然に帰りそうな道の途中にある。歴史に興味のある人以外はおすすめしない。
| 名前 |
在原行平歌碑 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.0 |
| 住所 |
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「立ち別れ いなばの山の 峰に生ふる 待つとし聞かば いま帰り来ん」(在原行平)古今和歌集に掲載された歌の石碑です。平安時代初期、855年から857年の二年ほど、因幡守として因幡国府町に赴任(左遷的な)した歌人、在原行平が、赴任前に滞在(蟄居させられた)していた神戸の須磨浦で恋仲になった美人姉妹、松風、村雨を連れて赴任してきたそうですが、京都へ帰る際は、身分の低い松風、村雨姉妹は連れて行けず、この地(福部町左近)に残して行ったそうです。その時の別れの心情を詠んだこの歌は、後に能楽の「松風」という演目にもなったそうです。またこの歌は、居なくなった飼い猫の帰りを願う「猫返し」のまじないとして書かれ、百人一首の16番札にも書かれています。源氏物語の須磨も、この歌を参考に書かれたそうです。