皇徳寺で心安らぐひととき。
永谷山皇徳寺跡の特徴
ひっそりと佇む寺院の跡は、神秘的な雰囲気に包まれています。
皇徳寺は後醍醐天皇の子・懐良親王の菩提寺として、歴史を感じる場所です。
のどかな田園に囲まれた静かな史跡で、癒しのひとときを過ごせます。
のどかな田園の中にひっそりと佇む寺院の跡。1869年の廃仏毀釈によって仏像なども取り壊され今は僅かに痕が残るばかりです。取り壊された仁王像に苔が生して歴史の長さや儚さを感じる事ができます。巨石がゴロゴロと沢山あって巨石好きな人にもオススメ!巨石の間から木が生えてとても趣があります。車がギリギリ通れる道がありますがとても狭いです。皇徳寺台の生絵の由来にもなったこの寺院跡を知る人は少なく、ひっそりと残る僅かな痕跡は徐々に自然に戻りつつあるのでした。
のどかなところです。
| 名前 |
永谷山皇徳寺跡 |
|---|---|
| ジャンル |
/ |
| 営業時間 |
[水木金土日月火] 24時間営業 |
| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
|
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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この皇徳寺は山田村にあり、後醍醐天皇の子である懐良親王の菩提寺でした。1,300年代に谷山にあった皇立寺がこの地に移転して来て皇徳寺が始まりました。最勢時には千人余もの僧侶や小僧が居て、7つのお堂を持つ大変立派な曹洞宗のお寺でしたが、明治2年の廃仏毀釈で焼かれて消失しました。ここも徹底的に破壊されたようです。寺跡は手入れされていない西側の原っぱと、東側は田畑になっています。この寺には大蛇伝説があります。お堂の西側に僧侶等が風呂に使っていた池がありました。そこには大蛇が棲み、地域の子供が毎年池で溺れて犠牲になりました。大蛇を退治すべく高僧がこの寺に来て、池の辺りで読経しながら石にお経を書いて池に投げ入れました。毎日読経と石投げが続いていましたが、ある日大蛇が雄叫びをあげて池から出て来て空高く舞い上がり何処かに去りました。池跡は田んぼになりましたが、今でも田畑を耕すと、経を書いた小石が出て来るそうです。白い大蛇伝説。廃仏毀釈で歴代の僧侶の墓は後ろの山腹に移されました。グーグルマップの僧侶の墓を示す位置は少し違うようです。もう少し山側にあるようです。竹林の中に小さい道があるようです。段々畑を登り、竹林の中に入れますが、整備はされておりません。島津義弘の子の菩提寺でもあるので、草刈りや墓地への道の整備等、もう少し手を入れて欲しいものです。