新しい遊具が魅力の前伏公園。
前伏児童公園[小郡前伏遺跡]の特徴
甘木鉄道小郡駅から北100mで、アクセスしやすい立地です。
Lの字型の公園で、刷新された遊具が魅力的です。
桜の名所としても知られ、春は特に美しい景色が楽しめます。
遊具が新しくなってます駐車場無し・トイレ無し。
弟がよく行ってます。
前伏公園は、甘木鉄道小郡駅の北100mの小郡市小郡(中央1区)の住宅街にある公園です。令和7年(2025年)に遊具がリニューアルされました。園内は、飛鳥時代(593〜710年)の『小郡前伏遺跡』にもなっており、西海道から小郡官衙へと向かうと考えられる官道が確認されています。公園の名前ともなっている「前伏(まえぶせ)」とは、南北朝時代(1359年)の筑後川の戦い(大原合戦)で、敗れた北朝側の少弐頼尚の本陣が置かれた場所であることが由来となっています。『筑後川の戦い(大原合戦)』は、南北朝時代の正平14年/延文4年(1359年)に筑後川を境にしての南朝と北朝の戦いです。南朝と北朝合わせて戦死傷者46,000人という被害をもたらせた南北朝時代の九州における合戦では最大の戦いで、日本三大合戦(関ヶ原の戦い・川中島の戦い)のひとつと呼ばれています。延元元年(1336年)第96代 後醍醐天皇は九州に皇子である懐良親王(8歳)を征西大将軍として派遣し、親王を奉じる菊池氏第15代当主の菊池武光は、高良山(毘沙門岳)に城を築いて征西府とした。室町幕府初代将軍の足利尊氏が幕府の内訌であった観応の擾乱(尊氏の弟の足利直義との戦い)を治め、八幡の戦い(尊氏の三男の足利義詮ら北朝方と後村上天皇ら南朝方との戦い)を制し、正平9年/文和3年(1354年)に南朝の支柱であった北畠親房が没すると、南朝側で北朝に対抗しうる武力勢力は、九州の懐良親王と菊池一族のみとなりました。正平14年/延文4年(1359年)7月、懐良親王、新田一族、名和一族、菊池武光、赤星武貫ら菊池一族、宇都宮貞久、草野永幸、大野光隆、西牟田讃岐守ら南朝勢約4万は筑後川の北岸に陣を張り、大宰府を本拠とする北朝・足利勢の少弐頼尚、少弐直資の父子、大友氏時、城井冬綱ら約6万と対峙し、両軍合わせて約10万の大軍が戦いました。この戦いで北朝(足利)側の少弐直資は戦死、南朝側の懐良親王や菊池武光も負傷し、両軍合わせて5,400余人が討死にしたといわれます。この戦いに敗れた少弐軍は大宰府に逃れ、九州はこの後、幕府が今川貞世を九州探題として派遣するまでの約13年は南朝に統治されました。
| 名前 |
前伏児童公園[小郡前伏遺跡] |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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~Lの字型の公園で遊具も刷新~桜も咲いてきれいでした。駐車場なしトイレなし遊具はブランコ、すべり台、スプリング遊具1機ブランコは最新式で座る部分がハンモックのようにネットになっており、ホールド性が増してます。小さい子でも遊びやすく安全になってます。進化してるなぁ。休憩用あずまやと水飲み場があります。掃除もされたきれいな公園です。