家のお寺・恵日山光照寺へ。
光照寺の特徴
家のお寺としての安らぎを提供している場所です。
義兄の法要を通じて訪れる方々が多いです。
アクセスがややわかりにくい立地ながら、訪れる価値があります。
ココは家のお寺です!
10年ぶりに両親連れて、祖父母のお参りに行けた。京町を目印にすんなりたどり着きました。両親も安心しております。
恵日山 光照寺(こうしょうじ)は、西鉄柳川駅の西900mほどの柳川市細工町に伽藍を構える浄土真宗本願寺派の寺院です。豊後国上杳掛城主の杳掛日向守直之の玄孫である沓掛八衞光照は、天正20年(1592年)の朝鮮の役では矢に当り、慶長5年(1600年)の大津の役では右足を折り、立ち居が不自由となりました。慶長16年(1611年)肥後国の西光寺にて剃髪し、元和7年(1621年)に柳川市下宮永に移り住みました。のち鋤崎土居の椿原小路(椿原町)に寺地の寄進を受け、光照寺を開基しました。その後、光照寺は現在の細工町に移りました。光照は一名に生田源蔵と称し、和歌を巧みとし、歌人として有名です。筑後柳河藩2代藩主・立花忠茂は光照を師として歌道を修めました。同寺には忠茂の和歌を蔵しています。現本堂は、嘉永年間(1848~1855年)の再建とされ、彩色に凝り、漆塗りの太い梁や柱が特徴的です。境内には、認定こども園 光照寺こども園(1970年創立)があります。浄土真宗本願寺派(じょうどしんしゅうほんがんじは)は、親鸞聖人(しんらんしょうにん)を宗祖とする浄土真宗の宗派の一つで、京都市下京区にある西本願寺を本山としています。「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えることで、阿弥陀如来の慈悲に救われ、死後直ちに浄土へ往生して仏になるという「他力本願」を基本としています。修行や自力の努力ではなく、如来の救いを信じる「信心」を何よりも大切にするのが特徴です。本願寺派は、安土桃山時代に豊臣秀吉から寄進された土地に本山を構えました。その後、徳川家康の時代に東本願寺(真宗大谷派)と分立しましたが、現在でも日本最大の寺院数(約1万ヶ寺)と門信徒数を誇る巨大教団です。亡くなった後の名前を「戒名」ではなく「法名」と呼び、男性は「釋〇〇」、女性は「釋尼〇〇」とする伝統があります。お経は、主に『正信偈(しょうしんげ)』や『阿弥陀経』が読まれます。華やかな金仏壇を用い、阿弥陀如来の立像を本尊として安置します。信者数は、約796万人で浄土真宗の各宗派中最多で、仏教系の宗教法人の中でも最多です。
義兄の法要で行きましたが、解りにくかった。
| 名前 |
光照寺 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0944-72-2951 |
| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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