寿福寺で心静かに供養を。
壽福寺跡 (小岱山八十八ヶ所霊場)の特徴
補陀落渡海供養塔が祀られ、荘厳な雰囲気が漂う寺院です。
高瀬五ヶ寺の一つとして、歴史ある文化を体感できます。
熊本県玉名市で特別な霊場巡りを楽しむことができます。
補陀落渡海供養塔がある。こころぴあ博物館にレプリカと拓本が収蔵されている。
高瀬五ヶ寺の1つ。
| 名前 |
壽福寺跡 (小岱山八十八ヶ所霊場) |
|---|---|
| ジャンル |
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| 電話番号 |
0968-75-1136 |
| 評価 |
4.3 |
| 住所 |
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→寿福寺天台宗の寺院。天長元年(824年)、淳和天皇の勅願により加善大徳によって開かれたと伝えられる。寿福寺は、現在の文化センター付近にあり、現在は廃寺。肥後の三筆で有名な豪潮律師が住職を務めたことでも知られる。→壽福寺跡天台宗繁根木山壽福寺は、平安時代のはじめの開山です。 平安の中ごろ、 大野別符 (荘園のこと)の地頭紀 (大野) 隆村がこの地に八幡宮を勧請すると、 壽福寺は同宮の神宮寺となりました。南北朝から戦国時代のはじめにかけて、 高瀬に進出し た菊池氏一門の高瀬氏は、繁根木八幡宮や「高瀬五ヶ寺」 といわれる諸寺を手厚く保護したので、 高瀬の町はこの 時期いちばんのにぎわいを見せました。戦国時代、高瀬は龍造寺・大友・島津の争いに巻きこまれ、壽福寺の仏像や梵鐘さえも持ち去られています。 江戸時代後期、住職となった豪潮は寺の復興に努め、一 字一石塔の造塔、薬師三尊の造立、 梵鐘の鋳造など、往時 めいさつ の名にふさわしい姿に戻しました。 明治のはじめに廃寺となった跡地には玉名郡役所が置かれました。平成17年3月玉名町校区まちづくり委員会。