旭川文学碑で詩を楽しむ。
今野大力詩碑の特徴
プロレタリア詩人・今野大力がテーマの史跡です。
没後50周年記念に建立された碑が魅力的です。
旭川文学碑マップを使って訪れる価値がある場所です。
プロレタリア詩人・今野大力の没後50周年記念として建立されたそうです。
ここ最近、詩にはまっているので何気に気になり、足を止めて刻まれた文字を目で追った僕だった。
| 名前 |
今野大力詩碑 |
|---|---|
| ジャンル |
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| 営業時間 |
[木金土日月火水] 24時間営業 |
| 評価 |
3.7 |
| 住所 |
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ストリートビューの情報は現状と異なる場合があります。
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2026·R8.4.4 旭川文学碑マップを頼りに近間から訪問です。今野大力(こんの だいりき:1904·M37.2.5-1935·S10.6.19,ふたたび結核が悪化し31歳の若さで永眠)は、旭川育ちの"プロレタリア詩人","不屈の革命詩人"。宮城県伊具郡丸森町生まれ。幼時に(3歳)北海道旭川市に移り小学校卒業後、新聞社給仕を経て、旭川郵便局に勤務。この頃から詩作を始め、1927年に小熊秀雄らと詩誌『円筒帽』を発刊。その後上京し、『婦人戦旗』などの編集にたずさわる。1931年日本プロレタリア文化連盟(コップ)の結成に参加し、『プロレタリア文学』などに反戦詩を発表。1932年3月、駒込署に検挙され、その時の拷問がもとで入院。生死の境をさまよったのち、回復後の1933年、日本共産党に入党。病気に苦しみながら創作を続けるが、1935年結核が重症化し死去。多磨霊園に葬られていたが、その後無縁墓地として撤去されたという(以上 ウイキペディアからほぼ引用)。詩碑は1985·S60.6.2 建立、碑文には「今野大力詩碑 詩人が時代を先驅した 詩人が郷土を眞實に生かした そんな言葉が 私の耳に流れては來ないかしら そんな言葉が 地球のどこかで語られる時 私のからだは 墓場の火玉となって消えるだろう 1924(注 T13)年作『やるせなさ』より」とあります(碑陰の読み下しは薄くて読み取れないとこがあるので省略)。