住宅街の隠れた屋敷神、梅咲く天皇家御紋。
天神社の特徴
屋根瓦には天皇家御紋があり、歴史的価値が高い神社です。
元和九年(1623)銘の石祠は新町の最古のものです。
早春には美しい梅の花が咲き、訪れる楽しみがあります。
さほど広くはないが、屋根瓦には16枚花弁 天皇家御紋です。石の祠も静かに鎮座しています。
住宅街の一角にポツンとあるので見つけづらいなと思ったら、中島家の旧住宅の屋敷神だそうです。「天神の石祠」とある標柱が目印で、天満天神と刻まれた石灯篭もありましたが、何よりの目印は社の左手前にある背の低い梅の木で、五月末に訪れた時には青く梅の実がついていました。東風すぎて、青梅の頃に、、、(季語が二つになりNG)。
天神の石祠中島家の旧住宅の屋敷神であり、元和九年(1623)の銘がある新町で最も古い石祠です。この地区を天神と言い、天神の石祠と呼ばれています。(境内の標識より)新町は、群馬県多野郡にあった町です。現在は高崎市の一部で、町域は「高崎市新町」となっています。中山道の宿場・新町宿が置かれ、宿場町として栄えました。平成十八年(2006)一月二十三日に群馬郡群馬町・箕郷町・倉渕村と共に高崎市に編入されました。当初は隣接する藤岡市と合併交渉を行っていましたが交渉が決裂し、新たに隣接していない高崎市との合併が成立し、高崎市の飛び地となっています。正保年間(1644~1648)加賀藩前田氏により、当地を通る街道(加賀街道)が開かれ、慶安から承応頃、落合・笛木に宿場の町並みが形成されました。古文書によると、「落合新町」、「笛木新町」との記述が多く、宿場としては両町あわせて新町宿と呼ばれました。承応三年(1654)加賀街道が中山道となり、享保九年(1724)新町宿が中山道の正式な宿場となりました。(Wikより)天神の石祠はこの地に街道が通り宿場町となるより以前のものという事になります。
早春には梅の花が咲きます。
| 名前 |
天神社 |
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| ジャンル |
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| 評価 |
3.4 |
| 住所 |
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住宅街の細い道にある神社でわかりづらい場所にあります。社殿の中には石の祠が3つ入っており、中島家の旧宅の屋敷神だったようです。