歴史文化博物館の隠れた戦跡。
長崎県防空本部跡の特徴
立山のふもとの歴史文化博物館裏にある防空壕です。
原爆投下時に被害が少なく綺麗に残っていますので、一見の価値があります。
戦時中は県庁の機能が移され、堅牢な岩盤に横穴が掘られています。
県知事を司令官とし、県警本部長(警視監キャリア組)を参謀長とし、警備参謀(警視正ノンキャリア組国家刑務官)。後方勤務参謀(県庁部長)。と言ったところでしょうか。三脚を立てて暗闇の中外部ストロボで撮影しました。被写界深度はf/16です。
入場無料です。歴史博物館とセットで見学した方が良いと思います。原爆投下時の事が記載されています。
戦後80年の今年(令和7年)、長崎を何度か訪問しました。自分なりに考えよう、感じようと思ってのことです。こちらの長崎県防空本部跡は長崎歴史文化博物館の近くにひっそりとあるという印象です。8月8日に訪問した時には、私1人でした。管理人さん?が簡単な説明をして下さって、中へ。ここは、戦争中、県の防空対策の中心的な役割を担っていたところだそうです。爆心地から直線距離にして2.7km。原爆投下後、ここから被害情報が国に送られたとか。知事室、参謀長室、通信室、伝令室等を見学できます。中は電気が点いていますが、薄暗く湿度が高いなと思いました。あの夏は、どうだったのだろう…。多くの人に見てほしいと思いました。
諏訪神社境内の下で長崎公園の側面にはこの防空本部跡はあります説明板にもあるように空襲警報発令時には警察や知事がこの壕に集まり指揮連絡を行なっていた場所になるそうです。爆心地からさほど遠くない所にありますがこれは山を挟んで浦上で炸裂した為、壕にも被害は出ましたが崩壊はせずに今日まで綺麗な状態で残っています。8月9日も朝から空襲警報が発令されていて警察幹部がここに詰めていた為、知事も壕に入り広島市に投下された新型爆弾の対策会議を始めて数分で長崎にも2発目が投下されたと言うタイミングです。平和記念公園や爆心地公園と共に長崎で訪れて欲しい戦跡だと感じました。長崎駅からは散策しつつ徒歩でも大丈夫です。
桜町駅から徒歩10分位。管理人さんが常駐してるようです。訪問者は自分だけでした。保存状態も良く当時の状況が想像出来ます。
長崎県立歴史文化博物館からすぐ近く、坂を少し登ったところにあります。第二次世界大戦の時の長崎県の防空本部として使用されていた防空壕。外からはわかりませんが、中は広くお部屋に分かれています。中には長崎に原爆が落ちたときの本部の状況の説明のパネルがあり、その当時の混乱した生々しい様子が記載されていました。人も少ないので、落ち着いてみることができる良い場所と思います。入場料などはないですよ。
爆心地から2.7kmの場所にあります。当時の長崎県知事がここの知事室で広島の原爆投下についての会議を始めようとしたところ突如停電、外に出ると浦上方面が黒煙に包まれていたそうです。無料で見学できますが駐車場はありません。横の博物館の駐車場は30分150円で一般利用できます。
爆心地から2.7kmの場所にあります。当時の長崎県知事がここの知事室で広島の原爆投下についての会議を始めようとしたところ突如停電、外に出ると浦上方面が黒煙に包まれていたそうです。無料で見学できますが駐車場はありません。横の博物館の駐車場は30分150円で一般利用できます。
🏣長崎県長崎市立山1🅿️🚗…近隣に🚌…長崎歴史文化博物館前下車徒歩3分分程🚃…桜町下車徒歩7分程※入館料…無料開場時間…9時30分~17時※2005年整備され一般公開される。※太平洋戦争中、県防空施策の中心的役割を担う場所で、空襲警報が発令されると、県知事や要員が集まり、警備や救援、救護等各種対応の指揮、連絡手配にあたった。※見学場所長管室(知事)、参謀長室(警察部長)参謀室、通信室、伝令室、が公開されている。※ここから、原爆投下、被害状況を国に伝えれれ、県内外に救助.救援を、求められた。現在は長崎原爆遺跡と内部調査等が進められている。当時の備品等は何も残っていませんでした…此のような場所が不要で有り続けてほしいと思います。1人監視員の方が…短い説明をして下さいました。
| 名前 |
長崎県防空本部跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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戦時中物資のない時によくこんな大きな防空壕作ったなぁと思いながら見学させていただきました。なかには説明書きがあるだけなのですが、実際防空壕にはいるのは初めてだったので、戦時中のことに思いを馳せながら見学させていただきました。