歴史を感じる七里の渡し。
七里の渡跡の特徴
東海道五十三次における唯一の海路、七里の渡し跡です。
桑名宿と宮宿を結ぶ歴史的重要な渡船場の跡でもあります。
周辺には九華公園や蛤料理専門店が点在しており、散策に最適です。
かつての姿からはだいぶ変わっているようですが治水のためですね。熱田側とセットで見るといい気がします。
2025年7月31日昼午後訪問桑名市、揖斐川の岸にある昔の渡し場の跡当日は自転車で桑名を回っており九華公園を回ってこちらへ付近の堤防の道は整備されてて眺めが良くまた近くには復元された桑名城の櫓もありやしたよこちらには大きな鳥居があり熱田神宮の南にある渡し場から伊勢神宮へ向けて船で渡りこちらで下船して伊勢神宮に向かったことがしのばれたさあ。
世に名高い七里の渡し。ちゃんと訪れたのは今回が初めて。子供の頃、古い日本地図を見ながら「この渡しの間だけ、旅人は歩かないで束の間ラクしたのかな〜」などと考えてたものです。ただこの七里の渡し、実は当時は案外人気薄だったとの説も。庶民が東海道を旅する目的は殆どが伊勢参り。これと同時に津島神社や多度神社などに参らねば「片参り」と呼ばれたそうで、これらを通る陸路を選ばれる方が多かったそうな。自分も陸路派かなー。せっかくだから····の精神は、今も昔も変わりませんね。
東海道唯一の海路。桑名と尾張熱田を七里(約28Km)で結ぶのでこの名前。途方もない労力と時間をかけて埋め立てられ、いまは熱田同様は海岸線は遥か遠い。だが熱田の海より桑名の海は広く拓けて浜風が心地いい。
ブラタモリ、伊勢神宮への旅第一夜を見てやって来ましたよ〜あの大きな鳥居は伊勢神宮へ行くための鳥居だったのか〜前からあるのは知ってましたがあまり考えたことは無かったです船着場も江戸時代の風景が残っていて浮世絵と比べて見るのも楽しいですね〜
七里の渡しの桑名側の跡地。鳥居はあるけど、特別な建物などがあるわけではありません。近くに駐車場と観光案内所があるので、そこに車を停めて歩いてすぐの場所です。
七里の渡跡、九華公園、柿安コミュニティパークこの辺りは見所一杯です、駐車場は有料です。
東海道沿い高級料理旅館「船津屋」さんに近接。綺麗に維持・管理されています。熱田から桑名まで海路七里(約27.5km)あったことから「七里の渡し」と呼ばれています。東海道五十三次の42番目の宿場町として大変にぎわいを見せたそうです。ここに建立されている大鳥居はここから伊勢路に入ることから「伊勢の国一の鳥居」と称されています。ほかに常夜燈(二基)も建立されています。
桑名城跡から徒歩圏内です。東海道の42番目の宿場である桑名と41番目を結ぶ唯一の海路。その渡船の跡が、地域の交通の要所として機能していました。大きな鳥居が目印ですよ。
| 名前 |
七里の渡跡 |
|---|---|
| ジャンル |
|
| 営業時間 |
[火水木金土日月] 24時間営業 |
| HP |
https://www.city.kuwana.lg.jp/kanko/miru/kankospot/kanko009.html |
| 評価 |
3.8 |
| 住所 |
|
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七里の渡し跡 「尾張の宮の宿」より海路七里の渡しがあった。東海道五十三次で知られる宮の宿(愛知県名古屋市熱田区)から桑名宿(三重県桑名市)まで七里あった海路で、かつての官道。この渡しの宮の宿側、または、桑名宿側の渡船場のみを指して「七里の渡し」と呼ぶことも多い。渡し船によって移動し所要時間は約4時間ほどかかる。他に、この海路は「桑名の渡し」、「熱田の渡し」、「宮の渡し」、「間遠の渡し」とも言われた。天候の悪化などにより、海難事故がしばしば発生する東海道の難所の一つであった。海上を避ける迂回路としては、脇往還の「佐屋街道」があった。宮の宿、桑名宿は渡船場として賑わい、旅籠屋数でそれぞれ東海道において一、二を競う規模を誇っていました。この桑名宿側「七里の渡跡」は、伊勢湾台風後に作られた防波堤により、当時の面影は殆んど残っていない。天明年間(1791~89)に建てられ、以来伊勢神宮の遷宮ごとに建て替えられている伊勢神宮一の鳥居や、安政3年(1856)と刻まれた常夜灯(多度大社から移されたもの)がある。三重県指定史跡。