百態の龍に魅了される静謐な境内。
鶴谷八幡宮の特徴
館山市八幡に位置し、国道沿いに現れる大きな鳥居があります。
拝殿の天井には美しい百態の龍の彫刻が施されており目を奪います。
由緒ある神社で、安房国総社としての歴史があります。
JR内房線 館山駅から歩いて15分から20分程度。安房国の総社で、元の鎮座地は南房総市 府中の元八幡神社とされ、鎌倉時代に現在地に移転したといいます。718 (養老2) 年に安房国が出来たとき、国府の守護として祭られたという言い伝えもあります。その後、源頼朝が鎌倉に幕府を開き、国司の権威が衰えていったことに伴い、源氏の氏神である八幡神が崇敬されるようになり、府中八幡と称されるようになりました。現在の社地に遷座したのも鎌倉時代のことと考えられており、社記では1213 (建保元) 年に源実朝が社殿を造営したとの記述があるそうです。室町時代には安西八幡宮と記され、別当寺である坂東33番 那古寺に因み、那古八幡とも称されていました。里見氏などの崇敬を受け、徳川幕府も朱印地を寄進しています。そして、1976 (昭和51) 年に御鎮座一千年 式年大祭を機に鶴谷八幡宮と改称しました。毎年9月の例大祭は、やわたんまち (八幡のまち)、と呼ばれ、国府祭の伝統を引き継ぎ、安房神社をはじめとする10社の神輿と5基の山車が集まる南房総最大の祭りとして知られています。現在でも例大祭では府中でお水取りを行っているとのことです。この例大祭の際、各神社から渡御してきた神輿は境内にある仮宮で一夜を過ごしますが、安房神社の神輿は、安房神社 遥拝殿に安置されるようです。拝殿の向拝 (こうはい) の天井にはめ込まれた彫刻は「百態の竜」と呼ばれ、安房地方を代表する宮大工である後藤義光 (よしみつ) の作。周囲にある木鼻の獅子や象も後藤義光の作品。関東大震災で旧拝殿は倒壊したため、1932 (昭和7) 年に再建されましたが、これらの彫刻は旧拝殿のものを使っています。一の鳥居から二の鳥居にかけての広場には、日清・日露・太平洋戦争における戦没者を祭る忠霊塔や記念碑などがあります。拝殿に向かって右側にある、立派な社殿が安房神社 遥拝殿。向かって左側にあるのは、仁徳天皇をお祭りする若宮八幡社。社務所の前にある御神木のイヌマキは樹齢300年以上とのこと。参拝した日はあいにくの雨天でしたが、社務所にて物凄く特徴のある書体の御朱印を直書きしていただけました。どうして、このような書体で御朱印を書いているのか、次回、尋ねてみたいと思います。
2026年3月24日(火)に撮影。ホームページ:当社は平安期の初期(今より凡そ1,000年程前)安房国の総社として、国府の地(現在の南房総市府中)に創建されました。現在、南房総市府中に元八幡神社(南房総市指定史跡)と称する神社がありますが、ここが当社発祥の地と云われております。当社の祭式中に六所祭という祭式がありますが、これは当時、総社を六所明神とも称したことから起こったもので、これによっても、当社が昔の総社の後身であることがうかがえます。
城西大学の創立者で、自由民主党政務調査会長なども務めた水田三喜男の銅像や、大山巌が揮毫した日露戦争記念碑などがありました。
約千年の歴史を誇る安房国総社鶴谷八幡宮は平安時代に創建された大変歴史のある神社だそうです。参拝者用駐車場あり。静かで厳か歴史を感じさせる神社でした!御朱印ゲットしました!
恵方詣りで伺いました。大きな鳥居、本殿は立派です。土曜日の昼過ぎぐらいに行きましたが、参拝者はまばらで、思う存分拝ましていただきました。
館山市の中心にあります駐車場少しわかりにくい(入り口)ですが無料駐車場があります車が停まっているところを目指して行かれるといいです東条海岸から直線に鳥居が並んでいてとてもきれいな参道でした。
広くきれいな境内です拝殿前天井に素敵な龍の彫り物がありました。
館山は何度も行っているのですが初めての参拝でした。大きな神社で、拝殿の天井の龍が見事でした。御朱印も独特な字体でした。
由緒ある神社です。拝殿の天井の龍の彫り物は後藤義光の傑作との事です。毎年9/14.15日に開催される「やわたんまち」は南房総で1番盛大な祭礼です‼️
| 名前 |
鶴谷八幡宮 |
|---|---|
| ジャンル |
/ / |
| 電話番号 |
0470-22-1258 |
| 営業時間 |
[日月火水木金土] 9:00~16:30 |
| HP | |
| 評価 |
4.2 |
| 住所 |
|
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館山にある由緒ある神社で、都市部に突然現れここだけ昔から時が止まったような特別な聖域であることを感じられるスポットです。建屋なども素晴らしく、近くに散った際には訪問することをお勧めします。